アマテラス大御神とスサノオの命は、誓約(うけい)を行ったが二人はあらかじめ誓約の掟を決めていない。すなわち、どちらの持ち物から男神、あるいは女神が生まれたら勝ちで、異心がないとするという取り決めをしていなかった。だがスサノオは、「私が潔白である証拠として、女神が生まれた。この結果から、当然、私に異心がない事が知れた。勝ったのは私です」と言って譲らず、勝った、勝ったと誇らしげに引き上げていった。アマテラスは、勝ったと引きあげて行ったスサノオに不安を感じた。元々弟のスサノオは荒ぶる神であるからだ。一方のスサノオにしてみれば、せっかく挨拶にやって来たというのに弟を信用せず、武装までして待っていた。それに誓約の結果にも意地悪い判断をした。勝ったとはいえ、面白いはずがない。スサノオは勢いに任せて猛りだした。姉のアマテラスが高天原につくった田や畔を壊し、灌漑用の溝を埋めた。また稲作を馬で踏み荒らした。さらに、アマテラスが新嘗祭の新穀(その年にとれた穀物)を食べる新田のそこら中に脱糞した。まさに目に余る振る舞いである。けれどもアマテラスは弟の乱暴狼藉を耳にしても、弟をかばった。そんな優しい姉の心を知ってか知らずか、スサノオはますますつけあがった。ある日のこと。スサノオはアマテラスが機織女たちに高天原の神々の衣装を織らせていることを知ると、その機織場の屋根に上がって穴をあけ、そこから皮を剥いだ血だらけの馬を投げ込んだ。下で機を織っていた女たちは落下してきた馬の、悲惨な姿に悲鳴を上げ逃げ惑った。一人の機織女は理性を失い、機織り用具の一つ梭(ひ)を陰部に突き刺し死んでしまった。姉のアマテラスは、弟の荒々しい仕業を見て、すっかり恐ろしくなり、ついに天の岩屋戸を開くと、その中に身を隠した。そして戸を閉ざし、決して姿を表そうとはしなかった。

 

 

スサノオは父であるイザナギに海原を治めるよう言われたにもかかわらず、その命に背いて、挙句の果てには高天原で大暴れをした。何がそうさせたのだろうか?それは、スサノオの出自にあるという説がある。スサノオは本当は天つ神ではなく、出雲における地方神だったという史料が残っている。出雲地方の歴史を記した「出雲国風土記」には、スサノオに関する記述がある。古事記ではイザナギから生まれた高貴な神として描かれるが、出雲風土記では出雲にとどまる強力な神として敬われている。スサノオが母・イザナミのいる黄泉国に行きたいといったのも、スサノオの出自が関係していると考えることもできる。スサノオは「黄泉国」といわず「根之堅州国」というが、2つは同じく死者のゆく国である。死者の国への入り口は出雲にあった。母のいる根之国に行きたいというよりは、故郷である出雲に帰りたいという思いがあったのだろうか。出雲地方に、スサノオに表される強大な力を持った統治者がいた。朝廷からすれば邪魔な存在である。そこで、古事記や日本書紀において、その強力な敵を自分たちの系統のものであるかのように記したのだと考える説もある。