東京は敗れた。その瞬間、招致の牽引(けんいん)役だった石原慎太郎都知事は無念さをにじませた。連日のように外国の専門家からスピーチの表現法について指導を深夜、日付が変わるまで受けるなど「寝る間を惜しんで打ち込んだ」(側近)という努力もかなわなかった。
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東京五輪が打ち出した「環境」を軸にした開催計画は高い評価を得ていた。しかし、国内の支持率が他候補都市と比べ低かった点などがマイナス要因になったとみられる。
日本が苦手とするロビー活動で後れをとったことも否めず、最終的に国際オリンピック委員会(IOC)委員の心をつかむまでには至らなかったようだ。鳩山由紀夫首相のIOC総会への出席はぎりぎり実現したものの、石原知事が熱望していた皇太子さまの出席はかなわなかった。
「治安や環境面など東京は選手にとって一番いい条件をつくる。私はこれこそが一番の“スター”だと思っている」
9月30日。コペンハーゲン市内で開かれた東京招致委主催のレセプション開始前、石原知事は地元デンマークのテレビ局の取材にそう答えた。
記者の質問は、シカゴやリオデジャネイロは応援に有名人が現地入りしているが、「東京はどういった切り札を出してくるのか?」。石原知事は、東京が取り組む「環境五輪」について細かく説明したものの、切り札となる特定の人物名をあげることはなかった。
近年の五輪招致は、王室関係者や国家元首クラスが、投票前のプレゼンテーションに応援団として一役買うケースが増えた。IOCのロゲ会長も「招致委の中に、IOC委員を納得させられる“顔”といえる人物がいるかどうかが重要」と語っている。
コペンハーゲンには、マドリードがスペイン国王のフアン・カルロス1世、リオデジャネイロはブラジルのルラ大統領。シカゴも土壇場になってオバマ米大統領夫妻が足を運んだ。
さらに、リオはサッカーの“王様”ペレ。シカゴは体操女子の金メダリストで「白い妖精」と呼ばれたナディア・コマネチさん(現役時はルーマニア、その後米国籍取得)など世界的知名度の高い応援団を送り込んできた。
■ロビー活動遅れ 国民の支持弱く
「ほかの都市はセレブが来てIOC委員に働きかけている。東京は技術的なことに集中しすぎており、不利にならないか」
1日、東京の招致委が開いた会見でも海外メディアからこんな質問が出された。河野一郎事務総長は「IOCが求めているのは選手のための五輪。だから技術的なことは重要と考えている」とかわしたが、ロビー活動の出遅れを指摘された格好だ。
石原知事は東京が立候補表明した直後から、「皇太子ご夫妻にぜひ出席いただきたい」と繰り返した。皇太子さまが全国育樹祭のため今月3~5日に長崎県に滞在される予定が公表されても「日程はこれからの問題」とあきらめなかったが、かなわなかった。
宮内庁は「招致活動は政治的な要素が強い」と結論の先延ばしを続けたが、招致関係者は「五輪開催への支持率がもっと高ければ、皇太子さまも出席しやすかったのでは」と悔やむ。
東京の開催支持率は他都市と比べ最も低かった。IOCが今年2月に実施した調査では56%。以前、招致関係者は「『どうして今、東京で開催するのか』『なぜ2回目なのか』について国民の理解を得るのは、南米初といった大義名分のあるリオなどと比べ簡単ではない」と話した。
最終的にIOCの評価報告書には、東京の支持率について「比較的低い」との評価を添えて記載された。
苦戦ぶりは、コペンハーゲンにも引きずられた。1日夜にあったIOC主催のオープニングセレモニー。東京の招致団20人はドレスアップして社交の場に臨んだが、「他都市のプレゼンターが声を掛け合ってハグ(抱擁)したりして交流を深める中で、東京はそこに入っていけない雰囲気だった。話し上手と評判だったミシェル夫人のような目玉もいなかった」と、出席者の一人は振り返った。
東京の招致活動は、大会で発生する以上の二酸化炭素(CO2)を削減する「カーボンマイナスオリンピック」を提唱。10万人収容のスタジアムの屋根には太陽光パネル、水力・風力発電を活用して環境技術を世界に示すことで、「環境立国」として世界をリードする存在であることをアピールしたのは事実だ。
3年間の招致活動はこれで終了する。河野事務総長はアスリートを含む東京の招致団をさかんに「ファミリー」「チーム」と表現した。それは国際舞台では、誰もが知る「顔」ともいうべき“スター不在”の裏返しだった。