歌手、都はるみ(61)の元夫で作曲家、朝月廣臣(ひろおみ)さん(65)が13日、すい臓がんのため東京・杉並区の自宅で死去した。1981年に夫婦デュエット曲「ふたりの大阪」をヒットさせた2人。結婚生活はわずか4年だったが、17歳で出会い、多感な青春時代をともに過ごした思い出の人だった。昨年4月に“内縁の夫”の中村一好さん(享年60)を自殺で失ったはるみにとって、二重の悲しみとなった。
【フォト】朝月廣臣さんとの婚約会見で笑顔を見せる都はるみ
1964年の同期デビューから離婚するまでの19年間、愛し、愛された元夫の死に、はるみは悲しみに暮れた。
朝月さんの所属事務所によると、2005年6月にすい臓がんが発見されて以来、入退院を繰り返していたが、「自宅で治療したい」という本人の希望で12日、入院先の県立静岡がんセンター(静岡・長泉町)から東京・南荻窪の自宅に帰宅した。しかし、翌13日早朝に容体が急変。午前8時15分、静かに息を引き取った。妻の千夏さん(41)が「大丈夫ですか」と呼びかけた際、「(このまま)自宅で過ごしたい」と話したのが最後の言葉だった。
はるみと朝月さんは同じ64年に歌手デビュー。はるみが「兄のような存在」と慕い交際が始まった。77年に14年越しの愛を実らせ婚約を発表し、79年に入籍。81年に発売したデュエット曲「ふたりの大阪」は大ヒットとなり、おしどり夫婦ぶりは当時、話題となった。
が、翌82年に突然離婚を発表。会見ではるみは「私が家庭と仕事を両立できませんでした。子供ができなかったのが一番の原因かも…」と涙ながらに語った。朝月さんは引退し、東京・銀座に紳士服店を開業した。
その後、はるみは個人事務所代表で“内縁の夫”の中村一好さんと二人三脚で歌手業に邁進。元夫と仕事をともにすることはなかった。一方の朝月さんは離婚後、都内のグラブで弾き語りをしながら、作曲家としての活動を開始。95年に24歳下の千夏さんと再婚した。
昨年4月に中村さんを失ったのに続き、朝月さんが死去…。はるみは書面で「連絡をもらって寂しさを感じました。『ふたりの大阪』を一緒に歌ったこと、懐かしく思い出されます。これからも大切に、大事に歌って参ります。心よりご冥福をお祈り申し上げます」とコメント。2人の“夫”に、舞台に立ち続けることでの恩返しを誓った。
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