■プロに徹したまじめ一筋の人
6日に都内の自宅で亡くなっているのが見つかった女優の大原麗子さん(享年62)は、しっとりした語り口にかわいらしいしぐさで「癒やしのヒロイン」と呼ばれ、男性のあこがれの的だった。その存在感をひときわ増すことになったのが、「すこし愛して、なが~く愛して」の名ぜりふで知られるサントリーレッド、オールドのCMシリーズだった。制作にかかわった関係者は「まじめ一筋で、キリッとした緊張感を持った人だった」と振り返る。(草下健夫)
サントリーによると、CMは昭和55年の「レッド 雷篇(へん)」から平成2年の「オールド ニューヨーク篇」まで、27シリーズ約80作品(同一ストーリーで長さが違うものも含む)が放送された。そのほぼすべてを故市川崑監督が手がけている。
「日本酒のお客さんをウイスキーの世界に取り込みたかった。和の世界でウイスキーをアピールするため、当時30代前半で知名度も高く、少年のようにピュアなイメージの大原さんに白羽の矢が立った」
CMを企画した博報堂のクリエイティブディレクターだった禧久(きく)均さん(61)=現デジタルガレージ上級執行役員=は、大原さんが起用された理由をこう振り返る。それまで和のイメージではなかった大原さんにあえて和服を着てもらうことで、「新しい世界のウイスキー」の意気込みをかけた。
大衆的なウイスキーであるレッドのCMへの出演に、大原さんは当初、難色を示したが、禧久さんの上司がCMの狙いをつづった熱烈な“ラブレター”を送り、説得したという。
男の帰宅を待ちこがれる女-。男性にとってのあこがれの女性像を描いたこのシリーズは大反響を呼んだが、その裏には、現場での大原さんの真摯(しんし)な姿勢があった。
撮影は東京・成城の東宝スタジオで行われたが、「収録中、大原さんの視界に誰かがボーッと立とうものなら、『そこにいないで!』と怒られた。また、新作の企画に対し、はっきり『つまらない』と言ってくれて、スタッフが作品に磨きをかけることができた」と禧久さん。
大原さんが当時所属した「渡辺企画」のプロデューサーだった船居謙司さん(56)によると、大原さんは予定を立てる際に「イン(スタジオ入り)の時間ではなくて、シュート(撮影開始)を教えて」と言っていたという。
その言葉からは、本番に照準を合わせて衣装を整え、メークをし、役に没入していく、というプロ意識に満ちた女優像が浮かび上がる。「本当にまじめ一筋の人。打ち合わせで話のつじつまが合わないと、おかしいのではと、真剣に指摘された」と船居さんは振り返る。
干してある布団をテニスラケットでたたくシーンがある「テニス篇」では、市川監督が「カット、もういいよ」と声をかけても、夢中で演じる大原さんには聞こえず、力いっぱい布団をたたき続けたという。
「サントリーのCMは流行だけではない人間のリアリティーを描き、大原さんもスタッフも、映画のワンシーンを撮る気合を持っていた」という禧久さんは、「大原さんの気持ちの強さに敬服している。年齢が長じて、さらに味の深まった演技が見たかった」と、早過ぎる死を悼んだ。
クリックして下さい↓