“秋葉原=オタクの街”と イメージが定着したのはなぜ? | フィトンチッド 花粉症 SEO アクセスアップ C.Iサポートセンター

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オタクの聖地・秋葉原。メインストリートである中央通りを歩けば、その筋のお店がずらりと立ち並んでいます。でも、昔の秋葉原を知っている方々からは「秋葉原は昔はこんな街じゃなかった」という声もちらほら。いつから秋葉原は“オタクの聖地”になったのでしょう? 『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』の著者・森川嘉一郎さんにお聞きしました。

「秋葉原は1980年代までは“家電の街”でした。ピーク時には、あの1平方kmに満たない領域で、日本全国の家電需要の1割を担っていたほどです。電気街というとラジオ少年が集まるマニアの街というイメージもありますが、当時は家庭用電気製品を買いに訪れる、家族連れの街でした。しかしその後、バブルの崩壊や、郊外型大型家電店の台頭とともに、そうした家族連れがぐっと減り、秋葉原の電器店に危機が訪れるのです」

そこで1990年ごろ、秋葉原の電器店は、他店では扱いの少なかったPCに注力していったそう。当時のPCは、windowsもない、マウスもない、とにかくハードルの高い製品でした。しかし、これで秋葉原の電器店は独自性を手に入れ息を吹き返し、秋葉原は“PCの街”に生まれ変わります。

「当時からPCを愛好していたパソコンマニアの人たちには、マンガ・アニメ・ゲーム・フィギュアといった、オタク系の趣味を併せ持つ傾向がありました。だから、90年代前半には、まだ秋葉原にそのようなオタク系専門店がほとんどなかったにもかかわらず、需要だけがふくれあがるということが起こったのです」(同)

“秋葉原=オタクの街”となる大きな転機が訪れのが1997年ごろだといいます。

「そのころ、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』が、映画化とともに大ブームになりました。当時はフィギュアや漫画同人誌を扱うようなお店は渋谷や池袋など、若者が集まる繁華街に点在していたのですが、このエヴァブームに活力を得て、そうした専門店のいくつかが秋葉原に出店してみたのです。すると、秋葉原では彼らの商品がこれまでにない勢いで売れることがわかった。その様子を見て、固唾を呑んで見守っていた他のオタク系の店も、雪崩を打ったように秋葉原へ進出し始めたのです」(同)

こうしてオタク系ショップが秋葉原に集結。“オタクの街・秋葉原”の誕生です。さらに大きな転機は2005年の『電車男』ブーム。この、オタク青年と美女の恋模様を描いたドラマで“秋葉原=オタクの街”というイメージが決定づけられました。

バブルの崩壊などで“家電の街”から“PCの街”へ。さらに、エヴァブームに乗って秋葉原にやってきたオタク系ショップが“特需”を発見し“オタクの街”を形成。メディアがそのイメージを決定づけた…という流れなんですね。秋葉原という街は、昔から変化の激しい街だったんんですねぇ。
(R25編集部)

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