今朝は石巻のホテルで6時半前起き、2時くらいから1時間ほど寝付くことができなかった。あともう少し早く起きればメダリストをリアタイ視聴できたのに。
石巻発6時57分の石巻線女川行に乗車、7時近いが始発列車だ。途中から海沿いをゆっくりと走るようになる。女川の手前の浦宿着7時19分、この駅は駅舎が改築されただけでなく、ロータリーも整備された。浦宿発7時34分の小牛田行で折り返し、3駅目の渡波に7時45分に着いた。渡波駅も駅舎が建て替えられ、半円形のものに、待合室はガラス張りになった。
渡波発8時12分、終点の女川には8時26分に着いた。9分の折り返し時間の間に駅周辺をざっと見た。朝早いので、駅舎の中の入浴施設も、駅前商店街も開いてなかった。石巻には9時に戻ってして、仙石線に4分の接続となった。
快速仙台行に2駅乗って蛇田で下車、改築された駅舎の前にはタクシー3台が常駐していた。普通石巻行に乗って、手前の陸前山下で下車、改築された駅舎の近くに、凮月堂というお菓子やがあったので、お土産を買った。この辺は石巻の街の中で利用者も多い。陸前山下から蛇田まで歩く予定だったが、折り返しの列車があるので止めた。
陸前山下発9時42分の仙台行で一気にワープ、陸前大塚に10時09分に着いた。陸前大塚は、昨晩寄ったが、暗かったので、再訪することにした。利用者が少ないためか、こじんまりしている。折り返し、10時25分の石巻行に乗車、2分で隣の東名に着いた。東名から野蒜までは、震災による津波で線路が流され、駅も含めて線路は内陸に移設した。
東名駅周辺は、新しく一戸建ての復興住宅が並んでい、る。東名駅から階段を降りて、海へ向かう道路へ出た。その途中、廃線跡地のサイクリングロードと交差していたので、そこを進むことに、10分ほど歩いたら、旧野蒜駅の駅舎、ホーム、線路があった。駅舎は震災復興伝承館として、震災の時の写真や各地から送られてきたものを展示、線路は曲がっていた。この辺は駅舎、つまり伝承館の二階まで津波に飲み込まれた。展示物の中には、破壊された券売機と簡易Suica改札もあった。
伝承館からは野蒜駅へ戻ることに、googleマップだと25分かかるとなっていたが、伝承館の中の案内で近道したら、その半分で済んだ。新しい野蒜駅周辺も復興住宅が並んでいる。東名駅から続いているのだ。
野蒜発11時47分の普通石巻行に乗車、石巻あゆみのには12時07分に着いた。石巻あゆみの駅は新駅で駅舎の改築はしてないが、駅周辺の進展を見るために降りることにした。快速通過駅で停車本数が少ないから、石巻へは駅前から発着するバスを使った方が便利そうだ。陸前赤井まで30分以上歩くつもりでいたが、風が強いので周辺を散策しながら、53分のあおば通行きを待った。歩いているうちに、追いつかれそうだし。駅舎を改築した陸前赤井には10分滞在し、13時05分の快速石巻行で石巻には13時14分に着いた。
乗り継ぎの列車まで40分あったので、白兼かまぼこでお土産を調達、そして駅前のイオンで昼食を調達して車内で食べた。石巻発13時54分の石巻線小牛田行に乗車、海から離れ、車内は田園風景が広がる。小牛田には14時30分に着いた。
小牛田発14時42分の陸羽東線の鳴子温泉行に乗車、2駅目の陸前谷地に14時50分に着いた。雪が少し積もって足場が悪い。陸前谷地で降りたのは、よく団子を買う餅屋があるためだ。行ってみると、前のような店舗形式でなく、オーダーして作ってもらう形式になっていた。串の団子もなく、4種類の味の餅の詰め合わせになっていた。
陸前谷地発15時19分の列車で小牛田へ戻り、小牛田からは15時36分の東北本線一ノ関行で北上した。直線を100キロ程度で走行、15時56分に新田に到着した。新田に降りたのは2021年に駅舎を改築したため、前から寄ろうと思っていたが、ようやく寄ることができた。ただ、隣の石越駅も2011年に改築したことので行かなければならない。石越駅に寄ったのは、新しい駅舎供用の2週間前だったからだ。この辺も雪が少し残って、風が吹くたびに舞っていた。
新田には20分以上滞在して、16時18分の列車でまた小牛田へ、9分接続でまた陸羽東線に乗って、古川に16時59分に着いた。古川発17時08分のはやぶさで東京へ帰ることに。当初予定では1時間後のはやぶさだったが、今日行くはずだった陸前小野に昨日行ったので予定を繰り上げることができた。
今日はダイヤが乱れ気味で、上野には4分遅れで18時54分の到着となった。自宅最寄り駅へ向かう路線もダイヤが乱れていて、20時前の帰宅となった。夕食のあと、味っ子をリアタイ視聴して、キン肉マンを消化、違国日記、火喰鳥をリアタイ視聴して、地獄楽を追っかけ再生した。