スッタ・ニパーダ 蛇の章 第3偈
”暴流を枯らし尽くすように溺愛を根こそぎ抜いてしまったひとは蛇が脱皮するようにこの世とかの世を共に捨て去る人は見聞きするだけで快楽を感じるそうですそして、その快楽を求め依存してしまうそうです生きているということは欲に支配されているわけですそして欲は感情から生じるそうですそして感情、欲は渇愛を生み、それが苦しみとなる人生がとても不安で苦しいものに感じてしまうようですしかし、欲がないと生きている意味がないと思われる方がいるかもしれませんでもすれはすでに渇愛状態に陥っているのですもちろん欲や感情を捨て去ることなど簡単にはできません捨て去れことができた人を、目を開いた人、悟りを開いた人と呼ばれますわかった気になっても実は「わかった」という知識による感情に支配されているだけで残念ながら悟りを開いたとは言えないのですではどうすれば良いのか?それを一言で述べることは凡夫である今の私にはわかりませんただ感情を捨て去ればよいということでもなく、欲にとらわれないようにすれば良いということではないようなのですなぜなら、感情を捨て去ることに拘り、欲を捨てさることを渇望することになるからです苦しみは増々大きくなるでしょう何も知らないように世間から隠遁しても思考は止まることはありません私たちは、今の環境で精一杯生きていくしかないのです今の世の中、嫌でも情報が暴流のように流れてきますその流れに飲み込まれることなく、必要最低限の事だけに注意を向ける、決して情報に飲まれることのないようにそれも淡々と情報に接するコントロールすることを忘れないようにする怒り(感情)に飲み込まれないように感情から湧きいずる欲に飲み込まれないようにまずは執着すること、渇望することがないように常に気を配ることが大切なのでしょう欲や感情を完全になくした人を人と呼ぶことはできないでしょうまさに悟りを開いた人だからです少しでもその域に達したいと思うこと自体、渇愛かもしれませんしかし、自然に、感情を交えず渇愛から脱することができたら、その心はとても自在で平穏なものになるのでしょう自分を真に制御して真理に達したいと願ってしまいますただ渇愛にならないように常に注意深く自分を見つめることが必要でしょう真理に達した人は、この世もあの世も、蛇が古い皮を捨てて生きていくように、生きていくことができるのでしょう※これは私独自の解釈ですcirotanuki.amebaownd.com