小さい時、ピアノを習うチャンスがありました。

私の家は牛乳屋で、両親が経営していました。
幼い私を色んな習い事に預ける事で、仕事する時間を捻出しようと母は考えました。
習字、そろばん、絵。
絵と習字はその時間内ですくすく伸び、そろばんは全然だめでした。

そしてもうひとつがピアノです。
普通の家庭でピアノ教室をしている先生の処を訪れたのです。

先生は、
『ピアノはありますか?』
と質問しました。
私が
『あります。』

と応え、
母は慌てて
『ありません!』
と訂正しました。
『あるよー。』
『ないのっ!』

私があると言ったのは、おもちゃの赤いピアノだったのです。

『家にピアノがなければ無理です。』
先生は大変そっけなく断りました。


その話を彼が聞いて大変怒りました。

『貧乏な人はピアノが習えないっていうの?差別だ!!訴えちゃえ。』

あの頃は事業をしていて、顧客に網羅されていたので、地域で自己主張というものができなかったと回想します。


考えてみると、絵や習字の塾はなんなくクリアした。
それは経費の額面が違うからですね。


ピアノいいなー。
でも運命の神様は私にピアノを選ばせませんでした。
それは、何かを示唆しているように思えます。


母は私にピアノを習わせられなかった事を大変気にしているようでした。


だけど、
音楽を理解するのに多額のお金なんていらないし、
楽器だって安いので充分。
中古のキーボードか何かあれば。


そんな事を神様が教えてくれた気がします。