高校生だった時、バレーボール部にいました。

私はバレーボールを自ら選んだわけではなく、科学と生物の先生に勧められて入りました。

顧問は女子バレーはバレーボール経験のない先生でしたが、男子バレーの顧問がみてくれていました。
こんな感じの先生。
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プレーがまずいとツカツカ歩いて来て、胸ぐらを掴んで往復ビンタを喰らわすので○○○パンチと呼ばれていました。

合宿の指導なんかもほぼ男子の顧問。

相性は決して良いとはいえなかった。
プレーを誉められた事もありませんでした。
ただ一度誉められた事があり、それは授業の記録でした。
私のとった、バレーボールについての講義のノートが翌年も残っていて、それが素晴らしいと。

私はピンチサーバーとして1年の時総合体育大会に出して貰いました。
新人戦では後衛で守備。
秋口から足を痛め、新人戦の試合中本格的に痛くなりました。
靴を脱ぐよう言われ、脱いだらフグのお腹みたいになってました。

もう無視出来ない程の痛みだったので、医者にかかりました。

「足がバレーボールに向いてない」と。

「続けたらどうなるか。」と聞きますと、

「骨肉腫とか怖い病気になる可能性があります。」

両親がバレーボールに反対し、私自身もベストな状態でプレー出来ないのが不本意だったので退部しました。
お見合いみたいな形で入ったバレーボール部。

当時もバレーボールは好きだったし、今でも好きです。

人それぞれ、もって生まれた発達した部分があり、
それは天のくれた力なのでしょうね。

メンバーは強く戻るよう言って来ましたが、当時の私は中途半端なのが嫌いだったので完全引退しました。


今でも、
バレーボールをやれば将来ママさんバレーなんかで楽しめると言っていた顧問の先生の言葉を思い出します。

私はオリンピック観戦を楽しめました。