心理士の業界にいると、ときどき出くわすのが専門用語を多用する人。
嫌だなあと思うのは、多分自分にコンプレックスがあるから。
心理士というと、数年前までは民間資格がいくつもある中
「臨床心理士」が国内最高峰のような雰囲気があって
臨床心理士になるためには、大学と大学院を卒業して
諸々の受験資格を得て年に1回しかない試験に合格し、認定を受けなければならなかった。
現在は国家資格が出来て、この数年は経過措置の期間にありますが
数年前まで、大学院卒後は臨床心理士試験に挑戦するのが主流でした。
そもそもが大学と大学院の入試に合格するくらいの学力がある方々なので
心理士は大体皆さん賢い。
私は謙遜でも自意識過剰でもなく、ふつうの「平均より少々頭が良い」レベル。
高校、大学を経て、嫌でも自分の頭脳のランクを知っていく過程も踏みました笑
大学院も運良く受かった。臨床心理士試験も運良く受かった。本当にそう思う。
一方で、私の周りの心理士さん達。
皆さん本当に賢い。
超進学校卒、旧七帝大卒、旧七帝大学院卒なんて珍しくないです。
彼らと私の違いって、知識の引き出しの多さとか、引き出しの体系化の上手さ
そして何と言っても専門用語の円滑なインプットとアウトプット。
地頭が良いとこんなに思考が違うのかと唸らされます。
そうなのです。
私は世間なら「平均より少々頭が良いレベル」にいられるものが
心理士を母集団にして正規分布の曲線を作ると
一気に「非常に低いレベル」に転がり落ちます。
謙遜でも自意識過剰でもなく笑
こんなコンプレックスが内在していても、それでもこの業界でやっていられたのは
尊敬する先生や先輩、仲間に私の人格や感性をとても大事にしてもらえたからです。
なのでコンプレックス自体は普段は形を潜めているのですが
ときどきそこを刺激して来る人と出くわすことがあります。
専門用語を羅列して話し
それについていけない私にマウントを取りたいような人がやってくる。
残念ながら私は専門的な単語をスルッと出せるほどの頭脳は無い上に
これまで勉強してきたはずのことも結構抜け落ちて忘れているので
コンプレックス君がやってきたぞーくらいにしか思えない。
ただね、一つ言いたい。
やっぱり専門用語で解説しようとするのって、限度があると思うんです。
70過ぎでも背筋がピッとしていた心理士界隈では有名な某先生。
話術も達者だったけど、誰が聞いてもわかる言葉遣いをされていた。
専門用語を巧みに使えたら良いというものではない。
話の内容は、今となってはもう思い出せない私の頭脳だけど
大局を捉える経験知と感性の豊かさ、あの場の空気感やエネルギーは
今でも感じることができる。
あとは、単純に既存の概念とかに型はめされて自分のことを読解された気になられるのって
それが功を奏す場合もあるけれど
嫌に感じて心理士を信頼できなくなるクライエントもいるんじゃないかな。
私のようなヘソ曲がりさんタイプには笑
心理士界隈で好きなのは、言葉遣い。
熟達の方ほど、言葉や文章に温かいエネルギーが乗る気がしています。
何て言うんだろう、他者の個性に対する慈しみや愛おしさというのかな。
例えばよく聞く「〇〇できない」「苦手」というのは、会話だとすごく重い音になるのですが
「ちょっと〇〇がぶきっちょさんなんだよ」みたいに、ふわっとした音で話すんです。
“そこが本人にしたら辛いけど、愛おしいとこでもあるよね”って言外のメッセージが込められていて。
私が目指していたのはこういう姿勢のある心理士。
頭脳はちょっとおバカさんだとしても、言葉に乗せるエネルギーは温かいもので接したい。
今は日々、レポートを書いていて職場的な形式の制約はあるけれど
温かいエネルギーのある文章になるように心がけていく。