陣痛がくるのを今か今かと待ち構えているのだけれど、今日もこなかった。あんまり考えるのは良くないなあ、と分かっていても、構えてしまう
1時間くらい散歩して、スクワットして、ちょっとストレッチしたりして、なんだかお腹が張っているかも!とドキドキしたのに、痛みはこないんだよなあ
予定日まであと10日、残りの日々をドキドキしながら過ごすのか……でも、このドキドキも今しか感じられないのだと思えば、それも良いかなと思う。あとで思い出したときに、あの時は毎日陣痛がくるのを待っていたなぁ、なんて言えるだろうか。生まれちゃったら忙しくって、すぐには思い出せないかもね。でも、何年か後にこのブログを読み返して思い出すのも、楽しい気がする
母が我が家にきて3日目。洗濯も料理もしてくれて、実質わたしの仕事がなくなった。なんて、なんて素晴らしいんだ!ここにきて、スーパーフリーな時間を過ごしている。暇だな〜、なんて昨日も今日もつぶやくほど。母に感謝しなくてはいけないね
そう言えば今更だけれど、我が子が生まれたあとのことをうまく想像出来ないことに気が付いた。それって、ある意味当たり前なのかもしれない。ネットや周りのアドバイスや友人の話を聞くことはあっても、わたし自身、経験したことがないのだもの。そりゃあ分からないよね
分からないくせに、理想ばっかり高くなっている気もする。授乳はこうしなきゃ、沐浴はこうしなきゃ、とか色々。SNSをみると、本当に様々な情報がでてくる。雑誌を見てもそう。間違わないとか、損しないとか、そんな情報ばかりに目がいく
やっぱり完璧にしたいし失敗したくない、という思いが先行しているなあと感じる。完璧なんか、できないと知っているはずなのに、求めてる。間違いたくない、失敗したくない。だって、一生で一度だもの。子どもに苦労させたくない、失敗させたくない、辛い思いをさせたくない、たぶんそういう思いが根底にある
でもさ、それって疲れちゃうね、なんだか。わたしも疲れるし、子どもも疲れるだろう。疲れちゃったら不機嫌になるし、イライラするし、きっと子どもに怒ったりするんだろうなあ。子どものためを思って、だなんていうすごく正しそうな理由で自分の行動を正当化するんだろう
そう思うと、子どものためと言いながら、根っこは完璧主義で失敗を恐る自分を守るため、なんだろうなあ。失敗した自分を、自分が許せないから、失敗しないように正しそうなことを選ぶ、理想通りの道を歩む。わたしの言う通りにしていれば良い結果になるのに、どうして言うことを聞いてくれないの、どうして思い通りにならないの。そうして失敗すれば、だから言ったのに。だなんて、目に見えているなあ、わたしの未来。もちろん、これは想像に過ぎないから、今からそうならないよう自分と向き合うつもりだ。それが、間に合うのかどうか……不安ではある
苦しいときに、ブログを読み返す時間だけはとるようにしよう。あの時、まだ心に余裕のある時、あんな未来予想をしていたじゃないか、こうなることを考えていたじゃないか、と思い出せるように。初心に戻る、という感じかな。やっぱり忙しくなると、人って忘れてしまうものね
溜め込んでしまったとき、爆発したとき、どうすれば自分を思い出せるのか対処法を今から考えておこう。何パターンか必要だろう
取り敢えず、明日は少し遠くまでお散歩に出掛けて甘いものでも食べてくることとする
はやく陣痛がきますように