サーです🕊️
こんにちは〜、お久しぶりです ^^
今回は
4月に出会った一本の動画をご紹介します
私は、心が震え、涙しながら拝見しました
私が、ずっと探し求めていたもの
知りたかった神のこと
やっと出会えたというよりも、、
今世の設定仲間メーちゃんが、ずっと私に
この世は、全て陰陽、裏表
この世は、全て愛でできている
そう伝え続けてくれたこと、それらが今
私の中で、繋がってきているように感じます
メーちゃんの守護霊ショーさんや
お見守りガイドの皆様、そして高次が
ずっと私に伝えたかったこと
それを私が、頭だけでなく
やっと理解出来るようになってきた?
この動画は、今のタイミングだからこそ
ガイドが、私に届けてくれたのかもしれません
ありがとうございます✨
★ YouTube『偉人の教え』チャンネルさん
2025.4.21発信 「万物に神を見よ」
イスラム神秘思想家 イブン•アラビーの
霊的語りをもとに、万物に宿る神の光を
静かに語ってくれます
素晴らしい動画をありがとうございます
私は、日本神道の「八百万の神」
自然崇拝、山川草木あらゆるものに神が宿る
という考え方に通ずると思いました
日本では、神社や祭りを通して
日常生活に深く根付いています
また日本には、それらに加え
モノを大切に慈しむ心
モノにも魂が宿るという考え方
アニミズムという価値観を持っていたりします
八百万の神を大事にする考え方は
異なる文化や宗教との共存を可能にする
自分を守り尊重する、そして相手も尊重する
日本独特の寛容な精神を
見せてくれていると思います
自然のことを書いていて、思い出しました
以前、私の守護神しおりさんに
言われたことがあります
虫とか妖精を分けて考えなくたって
同じと思えば良いわよ
アナタ話してるでしょ、それで良いのよ
そう言われてビックリしました
私は、ただの独り言だと思っていたから
しおりさんの語り口からだと
多分、虫や動物、草木、花などにも
私の思いは伝わっている感じでした
そうだとしたら嬉しいです🫶
今度は、相手からの思いを受け取れるよう
対話してみようかなと思います
余談でした、すみません
では全文そのままに、綴らせていただきます
↓↓
★
私の友よ
あなたが見ている
この世界の全ては、神の鏡である
このことを忘れてはならない
なぜなら、もしあなたが
一輪の花に、神を見出さず
風の囁きに、神の声を聞かず
人間の目の奥に、神の光を読み取れないならば
あなたは、まだ世界の扉の前に
立っているにすぎぬのだ
神とは、
ある場所に閉じ込められた何かではない
神は、天の彼方に住む王ではない
神は、書物の中に閉じ込められた思想でもない
神は、祭壇の中に囚われた像でもない
神とは、ただ在ること、そのものであり
存在する全てが、その在ることの現れなのだ
あなたの影が、あなたに属していながら
影そのものが、あなたではないように
世界に現れる全てのものは
神に属していながら、神そのものではない
だが、影があなたの形を映すように
世界もまた、神の性質を映している
見る者が、目を開けば
砂漠の風の一吹きにも、神を感じ
子供の笑顔の中に、神の優しさを読み取る
だが 見る者がまだ、自己という牢に
閉じ込もっているなら
世界は、ただの物体と出来事にしか
映らないだろう
これは ただの物だとあなたが言う時
それは、あなたの目がまだ眠っている証である
石を見よ、その硬さは、神の永遠性を語る
水を見よ、その流れは、神の慈悲と知恵の姿
空を見よ、その広がりは、神の無限の懐のようだ
あなたは、神を一つの名前で呼ぼうとする
しかし、神を名付けようとすると
私達は限界に出会う
アル•ラヒーム=慈悲深き者
として神を見ることもできるが
アル•ジャッバール=強制する者
としての側面も否定できない
神は、その一つの名にとどまらず
無数の名を通して現れる
そしてそれらは全て
この世界の中に散りばめられている
風の中に、神の自由がある
木の根に、神の忍耐がある
鳥の羽ばたきに、神の意思がある
全てが、神の言葉を語っているのに
人は しばしば言葉だけを追い
沈黙に耳を澄ませることを忘れる
だから私は言う
祈ることも良い、だが 祈りの向こうに
聞くことがなければならない
神は、時に 言葉ではなく沈黙で応える
神は、声ではなく光で語り
形ではなく、気配で存在を知らせる
これは神ではないと、あなたが言う時
その否定の言葉すら
神が、あなたに与えたものなのだ
否定の中にも、神がいる
虚無の中にも、神がいる
神なき場所を探そうとするなら
あなたは、既に神の中にいることに
気づかねばならない
空虚であることさえ
神の名 アル•バーティン(隠れたる者)
の現れなのだ
不在の背後には、もっと深い臨在がある
光が強すぎる時、人は一瞬目を閉じるように
神が満ちる時、世界は時に沈黙する
神を万物に見ることは
己の狭い視野を捨てることである
あなたが自己という檻の中で
「これは良い」 「これは悪い」
と選別しているうちは
神の全体像には、到底触れられない
真に見る者は、善悪の彼岸に立つ
怒りの中に、神の力を見
悲しみの中に、神の導きを見
死の中にすら、神の約束された再生を見る
なぜなら、存在するということ
そのものが 神の現れであるからだ
分離してみれば、敵
結び合わせてみれば、神
この両義の統合の中に、真理は立ち現れる
神を見る目を開く鍵は、愛である
愛は、神が この宇宙に注いだ、最初の光
神は、私は隠れた宝であった
知られることを望み 創造を起こした
と語った時
その願いは、愛に ほかならなかった
あなたが誰かを愛する時
あなたの魂は、その相手の中に
神の一部を見ている
愛は、神が、神を認識する手段である
この世界に起こる無数の出会い、交差、別離
それらは全て、神が、
自身を知ろうとするドラマである
あなたは観客であり、演者であり、
そして舞台そのものである
そして愛は、
ただ受け入れ、混ざり合い、境界を消していく
それゆえ 愛を知る者は、
万物の根源的な一体性を知る者となる
水が、川となり、雲となり、雨となっても
その本質が、水であることに変わりないように
どんな姿をとろうとも、存在の本質は愛であり
それは神に他ならない
静かに目を閉じ、心の奥を見つめなさい
すると万物が、一つの意識に貫かれている
ことがわかるはずだ
この花も
あの石も
あの人も
皆、同じ光から生まれてきた泡のように
同じ海へ還ってゆく
私は、旅を重ねた
地を歩き
空を仰ぎ
心を鎮め
書を読み
祈り、歌い、、涙した
その全てが、神を知るためだった
だが最後には、こう思うのだ
私が、神を探していたのではない
神が、私を通して 自身を探していたのだ
万物に神を見るということは
君自身も、また神の一部であることを
受け入れるということだ
汚れた心にも
迷った魂にも
、、神の光は灯っている
水の冷たさにも
炎の激しさにも
沈黙の深淵にも
叫びの最中にも
たとえ光が見えなくとも
雲が 太陽を隠すように、そこに在るのだ
だから私は言う
神を探すのではなく、見よ
君の笑いが、誰かの心を照らす時
それは神が、君の唇を借りて届けた 聖なる光
君の涙が、誰かの魂を癒す時
それは神が、君の瞳を通して降らせた 優しい雫
友よ
探さずに、見なさい
祈らずに、聴きなさい
崇めずに、抱きなさい
遠くばかりを見ずに、今ここを見つめなさい
神は、どこかにいる存在ではない
神は、全ての中にいる
そしてその全てには、君自身も含まれている
だから私はこう言う
万物に神を見よ
神は、世界に偏在している
風の中に
言葉の中に
沈黙の中に
そして何よりも、君の胸の奥に
↑↑
以上です
お読みいただきまして
ありがとうございました ![]()




