コロナ禍が思いのほか長引きしんどい。
それに輪をかけて戦争なんて…
戦争で十分な食事もできない人達がいると思うと涙が出ます。
不安定な時代だからこそ人間同士の結束がより必要だと思うのに、置かれた環境の違いなのでしょうか、戦争で得られるものはあるのでしょうか…
昨年からもうずっと仕事のことで自分の行末を悩んでいます。
どうしてもなりたい自分になるためには、現実問題が多く難しいです。
変わるための準備もまったくできていなかったし、できずにいます。
気づけば周りもそうで、多くの人達がいろんなことから打破し、新しい何かを見つけようとしている、そんな時代。
どんな状況であれ生きていかなきゃならず、だからこそ居場所を求めます。
いつだってもがいているけど、それは前を向いている証拠かな。
守らなければならない者があると危ない橋は渡れない。
なのに、なのに進んでく。
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そんな状況の中、先日私は
羽生結弦さんの演技に救われる思いでした。
彼が言った、報われないかもしれない努力…
何度も思ってきたことでした。
子育てや仕事、家族を守るためのいろんな影の努力。
そんな影の努力がそれぞれ人にはあるからこそ、それぞれの守るべき日常が守れているのでしょう。
みんなの努力が報われますように…
本当に春のような暖かな安らぎが恋しいです。
どんな道にも苦しさがあるのだとすれば、乗り越えた先に人としてのいろんな収穫があるのでしょうか…
わざわざ山を乗り越えて行くのか、はたまた山を避け危険を回避し最善を考えるのか。
まわり道、遠回りでも地道に努力し目的地にたどり着く粘りを見せるのか…
自分の指揮官は自分自身。
道は一つではないということも知り、少しは気持ちが楽になるけど、結局は判断を迫られる。
ブログから遠ざかっていた日々も、理想とは別、仕事よりも母親業に大変な毎日を過さなければなりませんでした。
まるで本分はこれなのだと天から叱られてる気分💦
手がつけられず、いろんなことを考えるだけの時間がありませんでした。
自分には夢があります。
けれど自分にできることには限りがあるということを知り、現状維持に力を尽くすことだけでもできてる方なのかもしれないと気づきました。
ここ数年、息子に気持ちを傾けながら、もう一人の大切にしなければならない娘を思い、そして自分に与えられた仕事をする…そのような日々で、仕事に対する気持ちの余裕ができたのはここ最近でした。
障がいを持つ子供がいると仕事を持つことはさまざまな理由があり本当に難しいです。
さまざまなな理由とは別に、決めつけられること。できなくてもしかたない、と思われることが悲しかったです。
悔しくて、人としての権利を奪われたみたいな気持ちになり、息子を抱え込むことそれが母親の努めと言われているようで苦しかった。
そこにどこか負けたくないという反骨心が芽生え、孤高の戦士のごとく、理解してもらいたくて頭を下げ自分の道を探してきました。
障がいをもつ子供さんの親御さんがそんなことをせずにすむ世の中であって欲しい、これからはそういうところを変えて行きたい、本気でそう思いました…
もちろん子供が大事、一番ということには変わりありません。
それは私だけでなく、他の全国のお母さん方も同じ気持ちだと思います。
いろんな考えがあるとは思いますが…。
どんな選択肢を選んでも間違いだということはないと思います。
息子には小さいうちから無理をさせてきました。それは一生の償いかもしれません。
愛する子供には旅をさせろ…というのに似ているかもしれません。
健康に自信がなかった私。
いつまでも良い環境を与えていくことはできないのだとしたら、どんなところに置かれても生きていける術を見つけて欲しい、そう本気で思ってしまった。厳しかったと思います。
ハンディキャップをもつ息子はどうだったのか…は今でもわかりません。しかしいずれ私のもとを離れていかなければならない子供です。
良いことばかりではありませんでした。
そのことで自分も、あたり前のようにみんなと同じように学童保育に入れない切実さも知り、そのことで必死に放課後デーサービスを探さなければいけません、いろんな辛さやお願いをしいられました。
そして、息子に携わってくださる方々にもいろんな葛藤をさせてきたことだと思います。
今考えると、すごく追い詰められていました。
もしも息子を預ってくれるあの環境がなければ自分達家族は成り立たなかったからです。
断られることもありましたから、何度も諦めかけましたが、自分の仕事の環境を調整する努力をしたり、仕事の穴を他の人に助けてもらったり、保育園側に現状を理解していただくために、先生とのノートのやり取りは欠かさず詳細に書き込みました。
それだけ神経をすり減らしてまで仕事を続けてきたのはなんだったのか…
私にとって仕事も守りたいものの中の一つに入ってしまったからなのだと思います。
仕事に対してはいつまで続くかわかりませんが、仕事からより感謝の心を深く経験することができましたし、気持ちの持ちよう、息子への対応等学ぶ時間が持てました。
私には必要なことだったと思います。
なんだかもう今日と言う日は今日しかない…というふうな毎日だったと思います。
あの時にしかできなかったこと。
いろんなことを進めていくのには段階が必要で、「初めて」ということがお互いの一番のネックになるのだと痛感しました。
その経験のおかげで、自分の休みの日に息子を連れて小学校入学3ヶ月ほど前から週一学校の方へ訪問させていただき息子に少しでも慣れてもらうことをしました。
結局は親の心配を他所に息子は違和感なく学校や放課後デーサービスに通うことができたのです。拍子抜けですよね💦
相性もあるみたいです💦
今関わってくださる方々がやはり障がいを含めその前に一人の子供として受け入れてくださること。
そのことが良い結果につながっているのだなぁと親として感謝の気持ちでいっぱいです。
一番最初放課後デーサービスに行く前までは、もしかするとお断りしなければならない場合があるかもしれません…なんてこともありましたから、私は本気で泣いてしまいましたもの…
今でもいろんな調整に不安を感じています。
こんな思い、きっと認知症のお年寄りの方々のご家族も経験したことあるんではないでしょうか…
一部の人しか知らない世界…
誰も悪くないのです、けれど切実さがなくなる世の中はいつくるのでしょうね。
普通といわれる生活を送ることがこんなにも難しいだなんて、息子がいなかったら経験しなかったことで、息子の障がいよりも、受け入れてくださる環境が少ないことの方が孤独です。
今でも心の底からこんなことがなくなればいいのにって、障がいの子供がいて当たり前、育てていくのに困らない社会になれば障がいをもつ子供がいても自信をもって安心して子育てできるのに、そう思います。
私に何かできることはないのだろうかと、そんな気持ちがあっても本当に何もできずいることも心苦しいです。
困っている人が沢山いるけれど社会は変わること、難しいです。
突き放すことは可能でも、支援していくことは難しいこと、戦争も。
私は突き放すことが年々難しくなっている…
私は息子を産むまではなんにもできない人間でした。
守る者のない人は強く、そのかわり後先考えることはしません。
それが息子がいるから弱くもなり後先を考えます。
近頃でも完璧にはいかない私。
なのに仕事に関して思い描く未来が大きく膨らんで、より家族も自分も安らげる環境になれば…と思うのですが、こんな時にかぎって世の中は大変だったり、息子も睡眠障害が酷くって身体が思うように動かない…💦
止めにかかられてます。
出ない杭は居心地はいいけれどそのうち朽ち果てるそう。だからどうしたって変わらなきゃならない。
息子を言い訳にして、人といろんな関わりをもつ機会を減らしてきたことも後悔です。
できないのです💦
辛さに没頭しすぎたり、自分を甘やかしていろんなチャレンジから遠ざかりました。
ほんとなかなかうまくはいきません。
辛い時には思いっきり泣き、泣いて泣いて進んできたのだから、確実に一年前の私とは違います。
「禍福は糾える縄のごとしだろ、いい事も悪い事も代わる代わる来いよ。」
「俺から取り立てるな、何も与えなかった癖に取り立てやがるのか、許さねぇ許さねぇ。」
「誰も助けてくれない、
いつものことだ、いつもどおりの俺らの日常。
いつだって助けてくれる人間はいなかった。」
これらは鬼滅の刃の遊郭編、上弦の陸、妓夫太郎のセリフです。
このセリフが胸に刺さりました。
私も感じたことのある感情だから。
口にすることはできないけど、どうすることもできない不条理だとも思えた気持ち。
二人を鬼にしたのは人間だったのでしょうね。
妓夫太郎に言えなかった言葉を代弁してもらえた。
心で叫んでた言葉。
これからはみんなが世の中そんな思いをしなくていいようにならないかな…と思います。
それじゃいけない、荒ぶる不安な心を羽生くんの演技はいろんなしがらみを浄化してく、素晴らしい演技でした。
今だに時間の隙間に動画を見ます![]()
辛かったことを糧にとは人間なかなかできませんが、美しいものや、出会いの中、心を動かす何かが自分自身、再起するきっかけになったり、前に進む力になったりするのかな。
答えはまだ出そうにありません。
いつも長々とすみません💦
まだまだ寒さが続きますが、皆様ご自愛ください。
最後まで読んでくださりありがとうございましたです![]()
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