このところ、いろんな問題にぶつかることが多く、気持ちの収拾がつかなくなっていました。

自分では抱えきれないほどのことが、次々に舞い込んで、投げ出したくても投げ出せなくて、一つ一つ問題をおさめる間もなく同時進行の日々。
いつもそうで慣れてはいるけれど…
疲れた身体では案外心の消費が大きくて…

だけどそんな日々で見つかった答えは、私は悩みの中いつも一人だと思っていたけれど、実は沢山の方々に支えていただいていたということでした。

やっとの思いで心に明るい兆しが見えてきた今日この頃。

本当に長い間、ブログからも遠ざかってしまっていました…
完全に現実逃避ですアセアセ

ブログを書けないでいた間も、こんな私のブログを読んで下さった皆さん。
共感してくださって、元気だしなよっていいねをくださった皆さん、
本当にありがとうございます。

時に落ち込み、息子を想うほど迷いもしますが、私はやっぱりハンディをもちながらも一生懸命に生きる息子が本当に愛しいです。
自閉症に、知的にも遅れがある息子くん。

心の底から大好きで、そしてとってもとっても心配で、もの凄く大切で…

なんの汚れもなく、ただただ清らかで…

ハンディゆえに、息子を支えてあげなければならない部分はあるけれど、逆に私が息子に支えられている部分も沢山ありました。

落ち込んでいる時は息子を思うとふとした時に、今でも涙が溢れてしまうことがあります。

なぜ息子をちゃんと産んであげられなかったんだろうって。
こんなこと言っちゃダメだとはわかっているのですが、お許下さい。

この間も朝一番、息子を小学校に送って途端に急に切なくなり、しばらく泣きました。
やっぱりそんな日もあります。

ついでに息子にハンディがなければどんなお話するんだろう、今でも可愛いけど、そうしたらどんなにか可愛いのだろうと思ってしまったらさあ大変アセアセ
スイッチが入ったように、もう号泣でした。

そんなことを考えてしまったのは、、、

ある方が捉えている障がいの部分が、私とでは違うんだと感じてしまったからでした。

知的に遅れがあり、自閉症という診断されている息子ですが、息子の障がいの部分は息子のほんの一面であり、障がいがあるからといって、健常者と違った感情を持って接している訳ではなく、特別な存在だなんて思っておらず、ただただ寄り添い愛情をかけて育ててきました。

息子からは言葉は返ってこないのですが、どんなに重度であっても気持ちは伝わるものと思っているし、声かけする時には言葉にも必ず感情を込めるし、息子の心まで届けたいという気持ちがこもっていると思います。

いろいろな考えがあり、何が正解かはわからないけれど、どこかの偉い先生がこうすれば良いということでも、私には受け入れられないことがあり、それはたいがいハンディ側の気持ちや想いを無視した指示の出し方だな…と感じるやり方です。

息子について特別視され、違う人として捉えられているような対応は凄く嫌だなあと思うんです。

そんなことを感じ、私は違うんだよと、だれにも向けることのできない気持ちと戦っていたのです。


私が息子に垣根がないのは、親と子だからなのかな…とも思いましたし、相手の心の中の根底には障がい児として、どうしても見てしまうのだろうかとも思ったし…

けれども教える側、教えられる側という関係性では息子には注意だけが増えてしまい、立場が辛くなるだろう…と、そうではなく、型にはまるのではなく、人間同士の気持ちでただ寄り添って頂きたいな…と、教えるではなくどうすれば伝わるのかを考えていただければなぁと、無理なお願いばかりが頭に広がり、いらぬ心配が湧き上がりました。

そもそも息子にはハンディがある。
だからできないことがあるのだ…とまず、ハンディの部分を受け止めてほしいな…と思いました。

そんなことも、周りは息子への対応はやはり特別だと捉えてしまうのでしょうか…

自閉症のお子さんはこいう場合はこうする…とか、こういうお子さんは…とか、そういうアドバイスにはなんか拒絶反応が出てしまう。

私はまだまだなのかもしれません。

一人一人姿形が違うのと同じで、誰一人同じという人はいないのだもの。

息子には心があり、その心は大切にしてあげたい。
けれどどこまでも自分がついて行ってあげられるわけでもなく、いつかは息子は私なしで生きていかなければならない…

ならどうするばいいのかと窮地に立たされた気持ちになりました。

淡々と絵カードで指示すること。

言葉と心、プラス絵カードがいい。
私はそう思ってしまう。

例えば肩を叩いて絵カードをみせながら指差し指示するような仕方ががあるのだとしたら、私は悲しい。
いつか、保育園で息子がおもちゃを無言である先生から渡されていた時のように…

誤解をうむような自閉症にはこれ、というような伝え方をしないで…と思ってしまった。

引っ掻いてしまうことに対しても、
確かに引っ掻いたらいけないし、引っ掻かれたら支援して下さる方々へ辛い思いをさせてしまいますし、人を傷つけるようなことは私は絶対望まないし、なってほしくないのです。

けれど、引っ掻かなければならない状況になぜなってしまった…その報われない気持ちはどうなるのかな…っていつも思うんです。
それは忘れてしまわれがちだから…。

そこも少しだけ考えてもらえませんでしょうか…と私は胸がぎゅっとなる。
 
伝える手段がそれしかない息子に、何か伝える手段を探してあげなくては…とも思ったし、私がその手段を見つけてあげられなかったことへの申し訳なさ、そして、そんな息子にすまなくも思いました。

ただでさえ、普通といわれる世界の中に飛び込み、できるようになることを願われ頑張っている子供達。
それだけでも凄いことで、苦手な部分を頑張っている子供達をまず誉めてあげたいし、誉めてあげてほしいと思います。
 
成功体験が少なくなってしまいがちな子供だからこそ、沢山の愛情と、小さなことをほめてやることが、その子の心を満たすことではないかな…って考えました。
本当に沢山沢山の愛情が必要な子供です。

いろいろ考えだすと、日常にいろんな困難を抱える息子には苦労をかけてるなぁって本当に思います。
そして、支援して下さる方々にも、日々、私のいろんな感情にお付き合い下さり、申し訳ないなと思っています。
でも本当の気持ちを単刀直入にブログには書けていても、伝えるとなれば凄い言葉選びに労力がいりますアセアセ
そだし、ほとんどは胸の中に秘めがちです。
お願いすることって、本当に気を使いますよね。  

そんなこんなで数日心もやもや、あれこれ考えては悩んでいた母でしたが、そんなことをよそに、外で泥だらけに何回もなり、よく食べ、時には眠れなかったり、早朝起きたりやってくれるわね的な息子です。
やっぱり大変なことも多いです。

だけど、ふとした瞬間に息子時間がふわっと流れるのです…。
かわいい顔して真剣に食べ物の本見てたりとか、ぽっちゃりな身体で小さなチョコを大事そうに食べてたりとか…(笑)
大きなチョコを選ばずに、小さいいつものチョコを選ぶ…
本当に欲がない。
食欲はあるけれどアセアセ

雨の日も、風の日も、私が何もかもにへこたれてしまいそうな日にも、あなたは汚れがないのです。

凄くいいものをもらったなと思う物。
それはにこにこな笑顔です。

いつか迎えに行った時、雨が降っていて…。
そんな中あなたは、あなたを大切にしてくださっている先生の傘の下で手を広げ、可愛いく空見上げながら笑っていたね。
誰もが雨を嫌うのに…

やっぱりこの子は可愛いな、この子がいいんだと思えてしまう、神様は私にどんな魔法をかけたんだろう…

だけど、なんで息子の健康な身体に、薬なんて与えなければならないんだろう…

答えのわからない問いは沢山あります。

ただ感謝は口に出して伝えないと伝わらないということは息子に教えてもらったこと。

そして私の心配は空回りなこともあること。

今、多くの方々が息子を大切にしてくださっているのだと伝わります。

人って温かい、息子のことで沢山の人が心を一つにしてくれようとしています。
そんなことが、目に見えないものから守られている証拠だと、改めて感じています。

息子にはどこまでも利他の気持ちが必要なのだと思います。
自分を去ること。

相手にどうすれば伝わるか…を究極にきわめる精神を要するアセアセ

だけど息子のことばかりのためだけに…と思っているようでも、自分が磨かれていることにも気づく…
人を思いやる心、言葉の選び方、相手がしてくれたことへの感謝、自分が子供を心から愛することができたこと、どんなことも受け入れようとする気持ち、ほかにも沢山ありますが私が息子のおかげで成長させられて、これからも続いていくのだと思います。

皆さんのブログに出会え、とても勉強になったことも数知れず、心動かされたことも沢山あり、自分の心に残るものとなって、今の私があります。本当に感謝しかありません。
ありがとうございます。

現実逃避にボイコット?アセアセにいろいろやらかしてしまう私ですが、これからもよろしくお願いします。

全てに感謝です。

最後まで読んでいただいてありがとうございましたお願い虹