頭の中が息子でいっぱいな日々。
これから進むには、結構強めなメンタルが必要だ。
健全な心を保つことって本当に難しい。
そんな日々、思いがけず父から電話がかかってきました。
身体が健康ならどんな辛いことでも乗り越えられる。身体だけは大切にしなさい。
それと、くよくよせずに…。
(ギクッ
心の声)
したって一緒だよ。
同じ1日なら、笑って過ごすのもくよくよするのも一緒。
そうあるためにも身体が一番大事。
前にも言ったかもしれないけど、ありがとうと言うように、ありがとうと言われるように生きなさい。
感謝の気持ちは忘れたらあかん…。
それと、仕事では絶対に手抜きはしたらだめだよ。お父さんに手抜きはしてもいいけど、お客様には絶対にしたらあかんよ。伝わるからな。お父さんも若い頃は失敗して苦い思いもしたもんだ。だからこそわかることなんだ。
一生懸命やりなさい。一生懸命な気持ちは必ず伝わる。
ありがとうと言われるよう、言うようになりなさい。
そしたらおのずとうまくいく。
心にズドンときました。
私はなんだか照れくさいのと父はいつから悟りを開いたのだと思いながら
、ウンウンわかったーと、適当に返してしまったれど、仕事終わりに療育後の疲きってたところに父からの電話で、負けてしまいそうだった、投げ出してしまいたくなっていた今を、言い当てられたようで、なんだかお告げのようにさえ思えてしまいました。
父は私の葛藤を察している。
仕事や育児。障がいをもつ私の息子のことを、いつも胸の中で心配し続けていることだと思います。
とっても嬉しかったです。
ずっとこの先もいつまでも元気でいて欲しいなと思います。
父の日には靴をプレゼントしました。
目上の人に送る物ではないかもだけど、一番喜んでくれる物です。
だからいつも同じメーカーの同じ物。
だけど毎年心をこめて送ります。
いろんな思いの中、最近は疲れを感じていました。
変えたくても変わらない現実や、息子のお薬への悩み、仕事への思い…
なかなか考えが定まらず、つまずきました。
今あることをいくらか手放してしまいたいとさえ考えていました。
今は人生でいえば中間地点。
だから今までを振り返ったり、これから先を考えるのかな。。。
今私は本当に1日1日を一生懸命生きている。
一生懸命に生きるってもの凄くパワーが必要ですね💦
1日頭の中がフル稼働で動いているのだもの。
二足か三足のわらじを履こうとしている💦
野心があって得たい訳じゃないのに、そうせざる得ない状況に、立っていて…
だから疲れるんだとわかっているのにやっている。
だけど私よりも大変な方が沢山いる。
私の今はまだまだだなのに…
もっとしっかりしなきゃと思うけれど、ドジばかりして失敗ばかりしています💦
例えば車の鍵をどこにやったかわからずに、探しまわってみたりだとか(笑)
最近は青汁なんかも飲んで健康に気を使っている自分がいます💦
メンテナンスが必要だと、身体の中から発信されている感じです。
そのわりに風邪引いてますがね💦
なんだか眠れなくて…
別に頭が薄くなってるわけじゃないけれど、今のうちから頭皮へのメンテナンスも気をつけています💦息子にたまに髪を引っ張られて抜かれてますし💦
近頃は大変な時ほど、身体をいとおうとしている自分がいます。
息子が産まれてからの6年は喜怒哀楽がぎゅっと凝縮されていました。
良いのか悪いのかわからないけど、しんどいこともあるけれど、今の私のほうが昔の私より好きなことは確かなことです…
これから気がかりなのは娘と息子の今後だけ。
沢山知らなかったことも知りました。
とても高い高い壁でした。
そんな壁をいつかぶち壊したいです。
もっと障がいのある子供の生活を知り、暖かい気持ちで見守って欲しいです。
私達の環境。
新しい環境に入るには決まりごとがあり、それらに縛られています。
沢山の書類がいり、労力も使います。
そして、やっぱり寂しさもあります。
優しい言葉をかけて下さるだけで、たやすく涙が出そうになります。気をはっています。
いつも感謝しています。
いつも気をつかっています。
いつも謝っています。
助けて下さり、気にかけて下さる人はいます。
多くは息子の周りにいて下さる方々や先生方です。
けれど、
必要な時助けを求めても、入口である方が解決しようと声を上げることをしてくださらないこともあります。
それが制度の壁です。
容認というのでしょうか…
そんなこともままあります。
普通と言われる環境に入る時には面接がいり、面接では息子がその場で過ごせるか過ごせないかの審査がある。
募集期間ごとに面接を受け入れてくれる理由として、こないだよりも成長により障害度合いが軽くなってれば…なんて…おっしゃっていた。
私は泣かずに今までやってきたわけじゃないのに…。
私達の今までは今の姿からは映らない。
だけど私も知らなかったんです。
昔私が小さい頃のお話。
お母さんは、いつも隣で笑っていらっしゃったから。
息子さんは普通学校の支援学級に通い、皆から可愛がられていました。
髪の毛を引っ張ってしまうこともありました。
だけど引っ張られた子供はおこりませんでした。
お母さんは毎年年賀状を同級生全員に書いていらっしゃって…。
そして、いつも頭を下げていました。謝る必要なんてないのに。
そんなあの時のお母さんの気持ちが今やっと わかります。
笑顔の裏にどれだけの思いがあったかを…。
息子の発達検査には、知的には重度遅滞域にあると書かれてありました。
正直わかっていたけど、しばらく息子のことがいたたまれなくなり、何も手がつきませんでした。
これを提出すれば、息子は諦められてしまうかもしれない。それは辛いなと思いました。
そんなわけないのかもしれないのに…
だけど一番下の隅っこに、知能指数や、発達指数は能力の一部であり、子供のすべてを示すものではありません。と、書いてある文面に安堵し、救われ涙が滲みました。
それが、親の気持ちです。
ハンディの部分は一面であり、いろんなことを経験させてあげたいし、そんな事をわかっていただきたくて…。
福祉の社会にも疑問を感じることがあります。
せっかく責務を果たせられるであろう立場である方々が、声に耳を傾けず、改革しようとしないのはもったいないなと私は思うのに…。
もしかして、その方々さえも前に進めない壁でもあるというのでしょうか…。
真相はわかりません。
息子から私に見せてくれる世界を、私はいつもなんとかしたくなるのです。
自分の子供、或いはこれから年老いていく自分の親、もしくは自分自身が、もしも辛い状況なら、どうにかできる道を探そうとすると思います。
けれどほとんどが動かない岩のように行くてを阻みます。
私はいろんな問題に屈しざる得ないことが一番悔しいです。
ハンディがあることで、水面下ではいろんな葛藤の中、子供を育てていること。
そんなことはほとんど知られないお話です。
受け入れてくれる場所があるならそれでいいじゃないとおっしゃっる人もいるかもしれません。
だけど私はこれからは、学童にも、小学校にも高校にも大学にも、学びたいと願う障がいのあるお子さんがいるのであれば受け入れられる体制を整えて頂きたいと切に願います。
今ある環境に甘んじていては、息子や障がいをもつ方々が生きる道はとても狭くなり、私達も孤独だと感じるからです。
(息子は大学には行くことを望んでません)
それがみんなが共に生きるということではないのか…と熱い気持ちが収まりません。
発達にも身体的にも個人差があるため個別に対応していただかなければいけないこともあり、難しいのは理解しています。
そのためにはいろんな解決しなければならない課題があるのだと思います。
けれどいろんな声が事実あるのが現状です。
学校に行きたいという声が…。
私は今までそんなことも知りませんでした。
少しずつ少しずつ状況は変わっているそうですが…
その声を聞くといてもたってもいられなくなるのです。
面談の中気づかされたことは、私がいかに優しい世界の中で…息子を理解してくれる優しい人たちの中で、健やかに生活していたということでした。
息子だけのためじゃなく、皆のためにも…。
できないことは補い合い、1つでも一緒にできる道を探せないのだろうかと考えてしまいます。
今のままでいいのでしょうか…
でもいつか、いつかこんな世の中が変わって欲しいです。
私は息子の世界にどっぷりはまっています。
息子の周りには優しい気持ちが溢れてる。
だから私は笑っていられます。
息子の小さなできたことに、一緒になって喜んでくれることは物凄く嬉しく、なによりもの力になります。
反面、外の世界に出た時に、息子を見る目が厳しくも感じ、かなりの温度差に不安を感じもします。
小学校の先生や、放課後デーの先生がいて下さるから、私は頑張ってられるんだ。
そして父にありがとうという気持ち。
心配してくれる人がいるって幸せですね。
ありがとう
ありがとう
私は負けない。絶対に。
小さなことからコツコツと。
1日1日何事にも一生懸命に頑張ります。
とっても長くなってしまいました💦
自分よりの考えとなり、気分を害された方がいらっしゃったら本当に申し訳ありません
今でも沢山の支援をして頂いている身でありながら、より良い未来を考えてしまいます。
最後まで読んで下さった皆様。ありがとうございました

新潟の地震、心配です。
皆さまがご無事でありますように。