仕事場の窓から見える景色。


今日も元気よく小さな子供達がランドセルをしょいながら帰路に向かっている。
ランドセルの中には希望や夢が沢山入っているんだろうね…
おじいちゃんおばあちゃん。
ママやパパの愛情を背負いながら子供達は今日も行く。
子供って凄いなぁ…
小さな身体で1人1人、今あることに精一杯に笑ったり泣いたりしながら、今日を精一杯生きるんだもの…。
子供は宝だと納得もし、かけがえのない命だと思いました。
赤ちゃんだった息子。
本当にあの頃も可愛いかったなぁ
今思うこと…
両腕に収まっている時期は物凄くはかないということだ💦
私の大事な息子は早産で産まれました。
多呼吸や低血糖で…心臓には穴が開いているって聞いた時は…
どうすればいいのかわからずに自分を責め、泣くことしかできなかったです。
他のママが赤ちゃんと過ごす中、私は抱きしめてあげることもできず…
一人ベッドで泣いていました。
そんな私を病院で隣のベッドだったママが心配して声をかけてくれました。
全て打ち明け泣いたことを思い出します。
そのママも、赤ちゃんが産後すぐに熱を出し、保育器に入っていて…
そのママは一緒に泣いてくれました。
その気持ちがとても嬉しかったです。
私より年上の方で、やっと子宝に恵まれたこと、その方の息子さんの容態…お互いに励まし合い、頑張ろうねと語りあったこと…
入院中の息子の様子を知らせるからね…と、息子より先に退院しなければならなかった私にあたたかい言葉をかけてくれたこと…
とっても気遣いのできる素敵な方でした。
ずっと忘れはしません。
息子と共に、感謝を感じながら生きる道は、もうその頃から始まっていたのかな…
帝王切開後の身体は思うようにはついていけず、一週間後にはこども病院に行かなければ…と…
早く通常にならなければと焦り、動きすぎて無理をし病院で倒れ、この先が不安になりました。
入院中は置いてきた娘のことを想い涙し、息子を想い涙する…
情緒不安定な気持ちの中、今思えばあの時も私はもがいていました。
息子は産まれながらに身体の弱い部分を複数持っていて、母と子は、こども病院や他院にも幾度となく通い続けました。
カンガルーが自分の身体の袋に入れながら移動する気持ちがわかるなぁ…
私も同じ気持ちだったと思う。
一心同体、まさにそんな感じでした。
病院には沢山の親子の姿があり、命の尊さを息子と共に感じた一年間でした。
食べることも寝ることも、自分のことは全て後回し。それでも子供が笑ってくれればそれだけでいい。
検査室にお子さんを送り出すママ。
お子さんに優しい目を向ける。
病院を見渡し、ママ達って凄いなぁって…
私はつくづく感じもし、みんなが同士にも思えました。
子供を想う思いに溢れた場所でした。
生後9ヶ月頃にアンパンマンと言った息子。
私は娘より先に言葉を話した息子に安堵し、未来を疑うことはありませんでした。
だけどなんとなく、なぜママじゃないんだろう…それに心なしかアンパンマンばかり見てアンパンマンと言い、私を見たりはしまないような…
何か不安がよぎる…
娘とは違う…何かが違う…
気がつけば、あんなに出ていた単語達が消失し、歩き出すようになると言葉が消えている。
自閉症とわかったのは3歳でした。
いえうすうすわかっていたけれど、自閉症という診断名がどうしても嫌だった💦
読んで字のごとく、自分に閉じこもる症状…
全然違うと思った。
聞けば娘が、娘が小学一年生で息子が2歳頃に私が、
「もしかしたら息子ちゃんには障がいがあるかもしれないねん。」
って、娘に言っていたというのです💦
そういえばって、急にこないだ思い出したと言ってた娘です。私も悩んでいたのだなぁ。。。
娘ちゃんにもごめんねの気持ちです。
私はこの子をなんとしても助けたい。
障がいがあったとしても私がこの子を絶対に守るんだとあがいていたあの頃。
あの頃の私には味方がいず、とてもとても孤独でした。
誰にも頼れなかったのです。
かたくなな心は誰にも入り込める隙を見せず、誤解もうんでいたかもしれません。
息子の行いを一歩引いて見る先生もいて、息子は迷惑な子供だと感じもし、愛されずとっても悲しかった。
あなたはもっと障がいの息子をちゃんと見つめなさいと言われているようで、もっともっとを求められもしました。
私は息子を十分愛していました。
愛していたからできないこと、すぐに決断できないこともあることを知って頂きたかったです。
息子と進む道のりは、息子が生きなければならない世界の狭さを感じもしました。
福祉のありかたや行政のありかたを考えさせられもし、想いが伝わらず涙することもあり、保育園では先生方によって、息子の自閉症という診断名が前を歩いてしまい、本質的な息子のよい部分に目を向けていただけず、悲しみにもくれたこともありました。
全てが愛する息子のこと。
言葉がナイフのように突き刺さる日もありました。
ありがとうございます。
すみません。
よろしくお願いします。
これからも言い続けます。
息子と手を取り歩きます。
こんなに愛している息子。
自閉症は病気じゃないって言います。
病気だから治らない。それはわかっています。
自閉症が病気だったら…優しい気持ちで手を差し伸べてくれるのかな…と卑屈になった日もありました。
私には息子との日々は闘病のような気持ちでした。寄り添う気持ちは同じです。
息子の悲しみや不安、緊張、自分の気持ちを正確に言えず、それがパニックになってしまうこともあり、そんな時に変わってあげたくても変わってあげられません。
季節や環境が変わることで、一進一退することもあり、この度に手を取り立ち向かってきました。
外へ外へ出ていく息子の姿は私を疲弊をもします。
わかってあげたいから私も外へ出ることをし、小さな情報をかき集め、あれがいいかな、これが辛かったのかなと気持ちを探る。
それでもわからず愛する息子にひっかかれたりする日もあり、傷を見るたび答えがわからず、息子の辛さが伝わってどうすることもできずに泣ける日もあります。
母が息子との今までを振り返り、思うこと…
やっと自閉症だと人の前で泣かずに言えるようになったこと。
やっと息子のことを口から先に涙より、口が先になったこと。
やっと息子に投薬が必要だと思えたこと。
全て昔の私にはできなかったことです。
息子は二時間夜中に起きること…
当時の私はお昼しているからかな…とか、息子の個性だと思っていて、もしかしたら息子が眠れなくて辛かったかもなのに、薬を飲ませられずにいました。
眠れないのに外に出てばかりで落ちつくこともできず、息子も休めない。
眠れずに息子に付き合う私もかなりの疲れが出ていました。
衝動は時として息子を危険にも合わせてしまい、道路の飛び出しや、危険は隣合わせで…
息子がそうなれば家族も辛くなり、家族が辛くなれば、息子も辛くなってしまう。
次第に家族に笑顔が消え、けれども息子への想いは更に更に強くなる。
旦那が切なそうに息子を見る目。
私はその気持ちが痛いほどわかります。
愛しているんだって。。。
私は決断しました。
投薬に踏み切ることを…
息子のQOLを上げるという意味で、本人の意思表示を尊重しながら投薬すること…。
医師から説明を受けました。
たどり着けなかった選択に私は足を踏入れます。
薬の調整は私次第だから…
物凄く不安が襲います。
だけど、私がしなければ誰にもできないことだと…
診察室を出た後に、待合室で止めどなく涙が流れました。
子供に薬を飲ませたい母親なんていない。
私は息子に申し訳なく思ったりもし、うまくお薬と付き合うことで、息子が楽になれるかもしれないとも思い、決意しました。
眠る用にペリアクチン、朝一にリスペリドン0・5ミリを飲ませます。
なんだろうこの胸が締め付けられる気持ちは…
それでも明日はやって来る。
あなたの笑った顔が見たいと思う。
食欲が半端ないのはお薬の影響なのでしょうか。
あんなに小さく産まれた息子は今平均より体重がプラス一キロだ
私、お薬を飲ませるのが怖い人で、熱冷ましの座薬でさえどうしようとおろおろしてしまい、昔、看護婦さんに叱られたことがある。
こんなにぐったりしてるなら入れてあげなきゃだめでしょって💦
私が副作用が出やすい方だからと言って、子供は違うのに…
私、またこれから鍛えられていきます。
心を決める。
息子と共に、決断したのはもう何回目だろう💦
これから先も決断の連続かもしれない。
息子ちゃんはというと、お薬の影響かほんの少しだけ落ちついている気がします。
朝お友達が息子にかけより、上靴を出してくれたり、上靴のかかとまであげてくれ、荷物を置く場所まで一緒に連れて行ってくれたりと😢
とっても優しい心に救われました。
しかし息子ちゃんは甘えっぱなしで、自分のことは自分でしますと私の言葉が届いたかどうか…💦
とはいえお友達の存在を認識し、頼る姿は将来にも必要なスキルです。息子も人に頼るというスキルを身につけているのかな💦
愛されるって、友達だと思ってくれることって嬉しいなぁと、新たな決意に凍ってしまいそうだった心が溶けていきました。
息子は笑顔も出ており、まずひと安心です。
お薬について葛藤はまだ続きそうです。
だけどお薬飲んだけど、五時起きってどゆこと
情緒を安定することが難しい息子。
効きすぎずちょうどいい量を探り、見つけていってあげたいです

あなたの未来が光輝きますように。
最後まで読んで下さってありがとうございました