真夜中の2時頃。
ハッと目が覚めて、それから何度眠ろうとしても眠れなくなりました…

昼間のことを思い出すと…
悔しくて悲しくて。。。

隣で眠る息子の顔を見ながら、どうにもならない現実に自然と涙が流れました。

寝た子の可愛さ…っていうけれど、本当に可愛い。

いろんな感情が溢れ出します。




「そもそも学童は、健常児に特化したものなんで、障がいのあるお子さんを受け入れる…というのが難しいんですよ。」

心ないお話をサラサラという担当者に、お仕事だとはいえ、なんて情けのない人だと思うのと同時に、驚きと、悔しさを感じました。

言葉を濁すことができない人。
正論だと思っているのだろうけれど、言葉を吐き捨てる。
生きてきた中で、痛みをまだ知らないのだろうか…。

そもそも誰がそんなことを決めたのかと言いたくもなりました。

私は少なくとも学童が健常児に特化したものだなんて知りませんでした。

確かに学童はほとんど声かけや見守りだけでよいお子さんをお預かりしているような気もし、先生方ももと保育士さんもいれば、さまざまで障がいのあるお子さんの見守りについては未知の分野なのかもしれません。

続けて人員や資金の問題もおっしゃって…
それは学校も保育園も同じなようです。

そう言われてしまうと、言葉を失ってしまう。
怪我のないように、安全面に慎重になる気持ちもわかるのですが…

では息子はどこへ行けばいいのだというのだろう…

飲み込むにも飲み込めない悔しい現実…。

デイの方も利用に制限があり、
受け入れにももの凄く慎重だ…。
利用できても週三回と言われてしまう。

もう一つ深刻な話があって…
私の住んでる市には、デイが一つしかないのです。支援学校も一つだけ。

どこへ行けというのでしょう。

それだけじゃなく、いろんなことに我慢をしいられて、それでも暮らさなければならないことを、私は息子がいることで、初めて知ったのです。

提出しなきゃならない書類だらけ。

用意しても、本当に心をくみながら読んで下さる方が、どのくらいいらっしゃるのだろうかとため息も出てしまう。

私はこのところ、お願いばかりしていても、否定されるばかりで辛くなっています。

なんとなく、してはダメと言われることが多い息子の気持ちに重なりました。

自分の思いとは逆に、否定され続けるって、こんなに辛いんだ…。
眠れないし、そのことばかりが頭から離れない。
息子の気持ちがわかった気がしました。

こんなことで負けたくないと思う気持ち…

人員が少ないのは保育園も次に行く学校も同じなのが現状で…。

今までも、加配の先生はいるものの、ずっと一緒は難しいと言われていました。

けれど
支援学校も自宅より一時間かかる場所にあり、発達支援施設も毎日通うには遠方にあり、毎日通える訳でもない。

保育園では母親と話ながら保育士さんが手探りで関わって頂く状態で、母子がどんな過程で療育に通わせ、どんな気持ちで生きているか、わかって下さる保育士さんもいれば、そうじゃない保育士さんもいる。

健常、障がい関係なく「その子を見る」という点では、なんの変わりもないのだし、私は障がい児として見るような関わりはしては欲しくなくて、子ども自身の姿を観察し、愛情を持って接して頂ければそれでありがたく、十分だと思ってもいました。

けれど、どうしても配慮が必要な時があり、保育士さんを悩ませてしまうこともあったでしょう…

おかしいと思ったことは、保育士さんは、障がいのある子どもが入ってから適切な関わりを初めて学ばなければならず…という形で、保育士さん事態が支援や配慮しなければならないことがわからず悩み、ご苦労されることがあり、何もかもが遅い気がしました。
その悩みや辛さが苛立ちになり、子どもに向けられることがないだろうか…と、私は心配でなりませんでした。
それに、母親は保育士さんから子どもへのアドバイスも欲しい時があるのです。

保育士さんはプロだから、子どもの保育には長けているけれど、障がいのあるお子さんには、躊躇してしまうのが現状なのだと最初は感じざる得ませんでした。

せめて、保育士さんや母親が安心できるよう、心理士さんなどが、保育園に週一回でも訪問して下さり、子どもの姿を見て頂きながら、保育士さんや母親交えてお話ができる環境にあればなぁ…と願わずにはいられません。
心のケアーとでもいうのでしょうか…。
母親と保育士さんがお互いに信頼しあえる環境にあればなぁ…と思います。

でも、決めつけだけで、子どもの姿を見ない知識を持った思い込みの強い指導者にはお願いはしたくはないのですが💦

決めつけだけはいけないことだと思っています。

保育園の先生方が考えに考え、子どもの姿を見て下さり、自閉症には適切でないと書かれている関わりだけれど、逆にこうをそうし、息子が身につけられたことも沢山あったのも現実で、私は凄く感謝もしています。

一人一人子どもの姿も違いますものね。




障がい者に優しくない、私の住んでる地区…。

今までお母さま方や、お子さん達は、どんなに我慢をされていたのだろう…と、そんなことも知らなかった自分にも情けなくて、申し訳ない気持ちになりました。

息子のようにハンディをもつお子さん達には、一人一人安心できる環境や支援が必要なのに環境が整っていない現実。

おがましいとはいえ、声をあげたくもなります。

みんなの中にあるうちの、その他は我慢するしかないと言うのでしょうか。
なんて残酷なのだろ。
納得なんてできなかった。

今息子と私が進もうとする道は、なんて狭き門なのだろう。

考えているうちに眠れないまま朝が来て、やがて息子が目を覚まし、私の悲しそうな顔をジーっと見つめました。

そんな息子に私は、この世に産まれてきたことを誉めてやりたくなって…

「○○…。(息子)頑張って来たん。」
「偉かったなぁ…」
「産まれてきてくれてありがとうね…」
と、頭や背中を撫でました。

息子は動かずジーっと私の目を見ながら、静かに話を聞いていました。
そして私の涙が頬に伝うのを目で追い、続けて私の目を見ていました。

こんなにストレートに気持ちのこもる言葉が出ることは、息子がいるからこそなのだと思える。

そんな静かな朝。
息子と会話できた気持ちになりました。
目に見えない絆があるのだと、つくづく感じます。

自閉症という障がいを抱える息子…。

あなたの今日が幸せであって欲しい。。。

明日は何が起きるかは、明日にまかせればいい。
今日は今日を精一杯生きればいい。

お気に入りの言葉。

悔しさを必死で消そうとしてもなかなか消えてはくれなかった。

そうするうちに、私にも何か力が欲しくなって…。

今の仕事は好きだけど、だけど、人員の話を聞いて、私も資格が欲しくなった。  

私も資格を取ってみたい。
そう思いました。

自分の仕事に邁進せずに、夢を抱くなんておかしな話だけれど、夢見てしまう。

そう思いながら、数日、今ある仕事に打ち込んでいました。

そうしたら、いつも来て下さるお得意様が、出来上がった仕上がりに涙を流して喜んで下さって…
本当にもったいない思いになりました。

心を通わせながら、お付き合いを重ねてきたこと…
私にできる仕事はこれしかないのかもしれない。

喜んで下さること…それは、私が頂ける最高のプレゼントで、喜びなのに…

もっとありがたさを持たなければと反省しました。

先走る自分は今を見失っているのかもしれない。

心を頂くってこのことなのだ…と、肝に銘じました。

夢は儚く夢は遠い。

息子を思うと果てしなく夢が広がるのです。

人を助ける仕事がしたい。
もう誰かが悲しまなくて済むように。

野心だけはあるけれど、技量がないってとことん辛い。

こんなことならもっと福祉についても、学んでおきたかたです。

悔しさはつのるばかり…

世の中がもっと優しくなりますようにと願わずにはいられません。

最後まで読んで下さりありがとうございましたお願いキラキラ
皆さま風邪などひかれませんようにキラキラ