11月ももう今日でおしまいですね。


一年があっという間にすぎる今日この頃💦
寒くても暖かい日差しのおかげで気持ちがほころび、少しだけ穏やかな気持ちになれました。
と、いうのも朝から息子に顔をバリっと引っ掻かれてちょっと気持ちがダウン💦
でも息子は一瞬やっちゃった、どうしようって顔をしてた。
そのことに成長を感じた私です。
息子は自分の気持ちを言いたくても言えなくて、わかって欲しいのにわかってくれない苛立ちで今回の行動に出てしまいました。
まだ遊んでたいのに片付けるように言われた。
そこで言葉が出て理解してもらえたら、どんなにか楽だろう…。
まだ遊びたいの‼️ちょっと待ってよ。
が言えるだけでも違うだろう。
息子は体調が悪くても言えないし、保育園休みたいなんて一度も言ったことがない。
いや言えないのです💦
だから、だから胸も痛くなります。
一緒にいてあげて、息子のその時感じたであろう気持ちを代弁してあげることで、相手が自分を理解してくれたという過程を積み重ねることが必要な子供だから、心が満たされるには沢山の声かけや沢山の愛情が必要なのだとはわかっているのだけれど、なかなか追い付いていかなくて気持ちがすれ違う時があるのが現実です。
日々気持ちが伝わらないことが保育所生活でもあるのだろうなとも察します。
けれどどんな理由であれ、相手を傷をつけること、その行動が痛いし危険だということは、身をもって理解して欲しくて、いつも以上に息子に真剣に伝えました。
大声で怒鳴ったらいけないのに、思わず大声で叱りました💦
それだけ必死になってしまった。
そしたらさめざめ泣いていた息子。
保育所まで送り届けるもまだ泣いていて、抱きしめてもまだ泣いていて…。
先生にも泣いているわけを説明し、お願いしますと後ろ髪を引きずられる気持ちで保育園を後にしました。
なんだか切ないなぁ…。
親だけど、親なのに、親だから…
いろいろな感情が渦巻きます。
日々思うことは息子のことばかりです…。
ますます愛しさで私の胸がいっぱいになるのです。
重度自閉症を生きる息子。
目の中に入れても痛くないとはこのことだと、昔を振り返れば振り返るほどに、愛しさが募ります。
まだ6歳の息子だけど…。
私も自閉症の息子のママにさせてもらてまだまだ6年なのに…。
息子と過ごした6年間は物凄く濃くて、大げさだけど十年ぐらいたっているみたいな気持ちで、いろいろあったなと思ってしまう。
まだまだこれからなのに…。
綺麗事だけでは済まされない感情になることもあったし、涙で前が見えないこともありました。
だけど、私が二人のママになれた喜びをかみしめられたこと、特別な日には家族でケーキを囲めることがこんなにも幸せなことなのだということを息子が全部教えてくれました。
考えだすとやっぱり涙が止まらないのです。
息子が可愛すぎて仕方ない。
この間、息子が小学校に上がるにあたり、放課後や夏休みなどの居場所になればと、考えていた施設に見学に行ってきました。
近づいてきてくれた男の子に目を見て、こんにちは、少しだけお邪魔させてもらいますって、ご挨拶ができたことが何よりも嬉しかったです。
1人1人を大切に思いたい気持ちは、息子を育てていく中で私が一番感じたこと。
言葉が話せなくても、小さな赤ちゃんでも、わからないなんてことはなくて、存在は皆同じ、どんなことも言葉をかわし、気持ちを伝えることは、決して忘れてはいけないと思ったことです。
施設の保育士さんに、息子の食事の取り方や、性格や、普段のやり取りなどをお話しました。
今日はあまり熱く語らず質問に答える程度にしておこうと考えていたけれど、相談員さんが私と息子との今までの道のりをお話ししてくれ、聞いているうちにそのことが走馬灯のように思い出され、私の考えやこれまでのこと、息子に対する反省や悩みなど洗いざらいお話してしまいました。
相談員さんは、保育園では控えていたから、私の気持ちと保育園の先生方のお気持ちを、対等に保っているのだなと思っていたけれど、本当は相談員さんも私側の気持ちでいてくれたことが伝わってきて、わかって下さっていたのだな…と思うと、雪どけのように涙がじんわりあふれてきました。
そこへ施設の心理士さんが、
「お母さん凄く頑張りやさんだから、ついついいろいろ伝えたくなってしまって話が長くなってごめんなさいね。」
って、アドバイスや、私が息子のことを凄くの理解してあげられているよと励ましてくれたこと、接し方などをそれでいいんだよと言って下さったことも加わり、私は不本意ながら号泣してしまいました。
私は昔を振り返り、息子を語る時、いつも泣いてしまうふちがあります💦
今回は泣かないと思っていたのに、またまた泣いてしまいました。
相談員さんにはいくつ涙を見せてしまったかわかりません。
またやーって思われてないか心配です💦
そういえば昔、息子の心臓のことやらいろいろあったことに、一歳の検診で保健師さんが
「お母さんいろいろ頑張ってこられたんですね。」って言われた時もぐっときたことを思い出しました。
励ましてもらえたこと、遠回りしてもいいじゃない、お母さんがやってきたことは間違いなんかじゃないよ、だって息子さんを愛していることが物凄く伝わるもの…と言われると、なんだか救われた気持ちになり、嬉しくもなりました。
どうしても、息子との今までを振り返ると涙があふれて止まらなくなります。
よく泣くお母さんで、本当に申し訳ないです。
施設で話ているうちにでも、息子にすぐにでも会いたくなって、離れていても、いつだって息子のことを考えている私がいて…
勉強ができなくても、スポーツができなくてもいい。ただ元気で1日を終える時に、隣で笑っていてくれるならそれだけでいいと心から思える私がいます。
それだけでもう感謝の気持ちになれるのです。
もうすぐ息子の発表会で、先生が息子がしんどくないように、出番のギリギリまで好きなオモチャで遊ばせたり、様子をみながら皆とできる時は一緒にと考えていますが、お母さんはどう思われますかと、私の気持ちを気づかって、お話ししてくださいました。
というのも、年少、年中と、今までの私は、「みんなと一緒」にいることが息子の幸せだと考えていました。
今思えばそれは、息子は「みんなと一緒の命」で「同じクラスの一員」だって、先生やクラスのお友達に、息子のことを大切に思って欲しいという気持ちのあらわれだったのです。
息子にも息子にしかわからない辛さがあり、教室から抜け出してしまうことがあったと思います。
だけど、私はなぜかみんなと別にいることは、息子の存在が消えてしまう…という焦りや悲しみがありました。
でもね。
障がいがあっても健常者と同じ場所にいることが普通になっていくことが、優しい気持ちを育てていくことでもあって、障がいがあることは珍しいことでない世の中になることこそが私達家族に光を下さることになるのだと思うのです。
言葉と違う声が出てしまうことを気にやむこともあるし、泣いてしまったり、床で寝転んでしまうこともあってくじけそうになる時があります。
もっと深刻な悩みもあったり、人に言えないこともあったりするけれど、だけどみんなは知らないことが多くて、私達だって息子が産まれるまで知らなくて、悩みだってみんなに軽々しく言えなくて、迷惑がかからないように生きてたりもします。
だけどもしそれをみんなが知っていて、大丈夫だから、今日も元気だねって明るく見守ってくれたのならば、息子の声が生きてる証だってより思えるし、辛くなったり苦しくなったりが軽減するんじゃないかなって思ってしまう。
そんな世の中になればなと心から思います。
障がいがあってもいろんなことにチャレンジしたり、家族や支援して下さる方々のお力をお借りすることで、みんなと過ごすこともできる場合もあると思うのです。
だから線引きはせず、可能性をどこまでも探求して欲しいし、私はそうでありたいと熱く思ってしまいます。
今までは足並みをどうにか合わせてこれたことも、年齢が上がり、みんなと合わせることに息子自身に無理が出てきたのだと思うのです。
そのことに私は最初、理解できなかったのです。
信頼している保育園のi先生が
「みんなと過ごすことが難しくなってきたのね。」と言った時も、私はそんな悲しいこと言わないでと思ってしまいました。
だけど、今やっと息子が努力していたこと、息子の苦悩を理解することができ、先生が言っていたことにも理解できるようになりました。
6歳の皆ができることに息子が合わせいくことは、息子が背伸びしても届かないことになってきているのだと考えるようになりました。
そしてなによりも、息子を介助して下さる先生のお気持ち一つでも、これからも息子は変化し続けるのだとも思っています。
親が入っていくわけにもいかず、けれども親ならしてあげられなかった甘えのない世界で、息子がもの凄く成長してくれたことは、やはり先生方やお友達の力のおかげだと、とても感謝しているのです。
もしかしたら息子は不安に押し潰されながらも、息子なりに生きる道を探しながら1日を過ごしているのかもしれない、背伸びをしてかかとをぎゅーっと上げたままたま、先生と一緒に頑張ってみんなにやっと届いたり、かと思えば転んで泣いたりしてしまったり、1日の終わりにあーやっと家族のお家に帰れるんだと私の元にニコニコと走りながら飛び込んでくる息子を思ったら、涙が出てきます。
あの子はいつも頑張っていると思うと、涙が出るし、ごめんねとも思うし、息子が誇らしくもえ思えます。
Eテレで見たドラマで、ある男性が、
「○○さん。よう頑張っとるなぁー。」
といつもお話しする前に何度もご自身のことを言っていらして…。
あぁ、誉めて頂いたことが嬉しかったんですねって、男性の背景にある、ご家族や支援していらっしゃる方々が男性にかけてきた愛情が垣間見られて、感動して暫く泣いてしまいました。
気持ちは通じるのだなぁって…。
いろいろな方々に関わりながら生きることはやはり大切なことですね。
転ばぬ先の杖のようにしてしまいがちな私では、息子はここまで成長できなかったと、私は保育園に息子を預かって頂いて、本当に良かったといつも思います。
私は先生に、息子は大切な私達の子供です。
発表会で見せてくれるであろう姿も、普段の息子の姿もどれも変わらず大切なものです。と伝えましたた。
どんな息子も私の愛する息子だということを伝えたかったのです。
時に息子がお話しできていたら、どんなに楽しいだろうと泣く日もあるけれど、みんなと同じができなくても、愛する息子に変わりなく、私は大丈夫です。と。まるごと息子を受け止められますと。
そんな気持ちになれている私は、日々息子に育ててもらっているからだと思わずにはいられません。
大切に思う気持ちが強すぎて時に周りの反応に傷つくこともあるけれど、いちいち目くじら立てずに、もしも今わかって頂けなくても、わかり合える時が来ることもあるのだと、静かに待つことも生きて行く上で大事なのかな…と、失敗しながら頭を打ちながら、年を重ねて思います。
お母さんそんなこと思わなくても、保育園のみんなは息子さんのことを大切だって思ってるのになぁ…って思ってるかもです💦
そんなぶしつけな私を静かに見守ってくれる先生方にも本当に感謝です。
時に卑屈になる私がいるのです。
息子のおかげでいろんな世界が広がった。
それは間違いない事実で、私の人生に深みを与えてくれています。
だけど複雑な気持ちもあるなぁー💦
私は何を学ぶために生きてるんだろう。
人生の終わりに
あー。やっと終わったわー。
私よくやった。って
笑って終えたいです。
長い文章を読んで下さりありがとうございます
