昨日は息子、6歳のお誕生日でした。
あれからもう6年もの月日がたつんだなぁ…
あの日のことは6年の時を感じさせず、頭の中にパッと蘇ります。
高位破水してから2日後に早産で産まれた我が子。
胸元に連れてこられた時のあの愛しい息子を、一生忘れることはないです。
多呼吸になり保育器の中では心電図がつけられ、小さな小指に点滴の針がつけられていた。
産まれた瞬間の苦しそうに手足をバタバタしていた息子を忘れることができない。
今考えるとその時から、息子を支え愛する覚悟を試されていたのかも知れません。
もしもあの時…
なんて今さら思ってもしかたのないことだろうけど、いつまでも母の思考はそこにいったり来たりをしてしまいます。
あの時低血糖じゃなかったら…
もっと早くに帝王切開していれば…とか…
あの時の私は現実がもの凄く怖かった。
喜び安堵するよりも先に、心配のほうが遥かにあって、今考えると息子に本当に申し訳なかったなと思います。
あの日、
産まれてきてくれてありがとう。
私が真っ先に言いたかった言葉が言えなかった。
もしもあの頃に戻れたらなら、心配ばかりせずに息子の側でもっともっと励ますことをしてあげたかった。
ママがいるからもう大丈夫だからね。
安心してねって、保育器越しからも、声をかけ続けたり、手をさすったり…
抱きしめてあげられたなら良かったな…と、今さらながら思うのです。
あなたの辛さをもっともっとわかってやるべきだった。
赤ちゃんのあなたはきっと、何も言えなくて、心配そうなママの顔ばかり見て、とても寂しかっただろうなと思うことが今でもあって…。
息子と歩む道のりは、そんな母として未熟だった私が、真の母になるための心配から始まりました。
母として、息子を受け入れる準備をするようにと、息子が産まれながらにして背負ってきてくれた課題。
そう思えば思うほど、愛しくて愛しくてしかたない存在です。
だけどそれだけではすまされず、息子に自閉症だということが発覚した時には、神様なんていないとさえ思いました。
もうこれ以上息子に何も与えないで欲しかった…。
どんなに子供を想っても、変わってあげたくても変わってあげられないことを、身をもって経験したこと。
悲しみの奥底まで落ちるまで落ち、くる日もくる日も泣いた。
だけど…。
あの時の悲しみがあったからこそ、ささいなことは流していこうとする自分になれたことは確かだと思います。
だけど今も何かの拍子で糸が切れたように泣くことがあります。
それが、息子の誕生日だったりもする。
「お誕生日、おめでとう。」
「産まれてきてきてくれてありがとね。」
今まで本当にわからなかった。
お誕生日を心からお祝いしたいと思う気持ち。
息子から教えてもらったこと。
人は愛する人のためなら、何だってできるということ。
電気を消して、ケーキを運びながら歌う私達。
キラキラした目で息子はケーキに心を弾ませていました。
火がついたローソクを嬉しそうに暫くながめる息子。
ローソクの火を触らないかひやひやする私💦
そして、今年は自分でローソクが消せました。凄い成長です。
嬉しそうな顔にこちらも顔が緩みっぱなし。
私達夫婦は、喧嘩もし、ぶつかることも本当に多いけれど、子供の喜ぶ顔見たさに盛り上げようと心を一つにしていることに気がついたり、お互いの成長も感じもしました。
いつの間にか、私達は親にさせてもらっていたんですね。
心配性で気持ちの弱い私は、自分のことでは控えがちなのに、息子のためだったら、いくらでも突っ走ってこれました。
守るべきものを得た時に、人は強くなるのかもしれません。
だけど逆に、全てが怖くなった時もありました。
息子との日々は、藁をもつかむ思いの日もありました。
隣で笑うあなたの側で泣いた日もあった。
伝えても伝わらない、一生懸命が伝わらない時が辛くなった日も…。
だけど、どれだけ伝えても伝わらない人もいることも知った。
どんな日でも、進んできた道には、いつも側で可愛く存在する息子がいました。
あなたはどんな時も変わらず私の側で居てくれた。
時間や決まりごとのない世界はなくて、あなたは自分の感情に蓋をしなきゃいけない時が多いだろうけれど、あなたのわかろうとする努力や、あなたが本当の気持ちをわかって欲しいと思っている気持ちはよくわかってるからね。
あなたがさめざめ泣くのは、思いが伝わらなかった時の悲しみだよね。
そんな時どうしてあげたらいいのかわからなくて、ただ背中を撫でることしかできないけれど、あなたの悲しみは私の悲しみ。
同じように感じ、どんな時も一緒だということだけはわかっていてね。
時にはあなたに伝わらなくて、泣いてしまう時もあるかもしれないけれど、そんな時も変わらず側にいてね。
あなたとこれからも、喧騒の世界から時に離れ、季節の流れに目を向けたり、美味しいものを美味しいと感じたり、綺麗なものを綺麗と感じる純粋な気持ちを忘れずに、正直に生きていきたいです。
そんな気持ちでいます。
どなたかが、悲しみや辛さを分かちあえば半分になり、幸せや喜びを分かち合えば何倍にもなると言っていたこと…。
本当にその通りだなと思います。
私達もそんなふうになりたいです。
振り替えると沢山の方々に支えられここまでやってこれました。
ブログを通しても、沢山の方々とつながれたこと、顔も知らない私達に、温かい言葉をかけ、励まして下さったこと。
いいねを頂いたことは、頑張れ頑張れって、背中を押して下さっているように思え、とっても嬉しく思っていました。
皆さんのブログからもいろいろ学ばせて頂いたり、心を動かされたり、いろんな気づきを頂いています。
この場を借りて、皆さまありがとうございます。
手放した感情もあったし、これからも自分の想像とは違う道かもしれないけれど、息子は私の命だということを胸に刻み、これからも息子の手を取りながら、優しい人達に出逢う旅をし続けたいと思っています。
産まれてきてありがとう。
何度だって伝えます。
あなたの人生が輝きますようにと。
最後まで読んで頂いた皆さま、ありがとうございました

あれからもう6年もの月日がたつんだなぁ…
あの日のことは6年の時を感じさせず、頭の中にパッと蘇ります。
高位破水してから2日後に早産で産まれた我が子。
胸元に連れてこられた時のあの愛しい息子を、一生忘れることはないです。
多呼吸になり保育器の中では心電図がつけられ、小さな小指に点滴の針がつけられていた。
産まれた瞬間の苦しそうに手足をバタバタしていた息子を忘れることができない。
今考えるとその時から、息子を支え愛する覚悟を試されていたのかも知れません。
もしもあの時…
なんて今さら思ってもしかたのないことだろうけど、いつまでも母の思考はそこにいったり来たりをしてしまいます。
あの時低血糖じゃなかったら…
もっと早くに帝王切開していれば…とか…
あの時の私は現実がもの凄く怖かった。
喜び安堵するよりも先に、心配のほうが遥かにあって、今考えると息子に本当に申し訳なかったなと思います。
あの日、
産まれてきてくれてありがとう。
私が真っ先に言いたかった言葉が言えなかった。
もしもあの頃に戻れたらなら、心配ばかりせずに息子の側でもっともっと励ますことをしてあげたかった。
ママがいるからもう大丈夫だからね。
安心してねって、保育器越しからも、声をかけ続けたり、手をさすったり…
抱きしめてあげられたなら良かったな…と、今さらながら思うのです。
あなたの辛さをもっともっとわかってやるべきだった。
赤ちゃんのあなたはきっと、何も言えなくて、心配そうなママの顔ばかり見て、とても寂しかっただろうなと思うことが今でもあって…。
息子と歩む道のりは、そんな母として未熟だった私が、真の母になるための心配から始まりました。
母として、息子を受け入れる準備をするようにと、息子が産まれながらにして背負ってきてくれた課題。
そう思えば思うほど、愛しくて愛しくてしかたない存在です。
だけどそれだけではすまされず、息子に自閉症だということが発覚した時には、神様なんていないとさえ思いました。
もうこれ以上息子に何も与えないで欲しかった…。
どんなに子供を想っても、変わってあげたくても変わってあげられないことを、身をもって経験したこと。
悲しみの奥底まで落ちるまで落ち、くる日もくる日も泣いた。
だけど…。
あの時の悲しみがあったからこそ、ささいなことは流していこうとする自分になれたことは確かだと思います。
だけど今も何かの拍子で糸が切れたように泣くことがあります。
それが、息子の誕生日だったりもする。
「お誕生日、おめでとう。」
「産まれてきてきてくれてありがとね。」
今まで本当にわからなかった。
お誕生日を心からお祝いしたいと思う気持ち。
息子から教えてもらったこと。
人は愛する人のためなら、何だってできるということ。
電気を消して、ケーキを運びながら歌う私達。
キラキラした目で息子はケーキに心を弾ませていました。
火がついたローソクを嬉しそうに暫くながめる息子。
ローソクの火を触らないかひやひやする私💦
そして、今年は自分でローソクが消せました。凄い成長です。
嬉しそうな顔にこちらも顔が緩みっぱなし。
私達夫婦は、喧嘩もし、ぶつかることも本当に多いけれど、子供の喜ぶ顔見たさに盛り上げようと心を一つにしていることに気がついたり、お互いの成長も感じもしました。
いつの間にか、私達は親にさせてもらっていたんですね。
心配性で気持ちの弱い私は、自分のことでは控えがちなのに、息子のためだったら、いくらでも突っ走ってこれました。
守るべきものを得た時に、人は強くなるのかもしれません。
だけど逆に、全てが怖くなった時もありました。
息子との日々は、藁をもつかむ思いの日もありました。
隣で笑うあなたの側で泣いた日もあった。
伝えても伝わらない、一生懸命が伝わらない時が辛くなった日も…。
だけど、どれだけ伝えても伝わらない人もいることも知った。
どんな日でも、進んできた道には、いつも側で可愛く存在する息子がいました。
あなたはどんな時も変わらず私の側で居てくれた。
時間や決まりごとのない世界はなくて、あなたは自分の感情に蓋をしなきゃいけない時が多いだろうけれど、あなたのわかろうとする努力や、あなたが本当の気持ちをわかって欲しいと思っている気持ちはよくわかってるからね。
あなたがさめざめ泣くのは、思いが伝わらなかった時の悲しみだよね。
そんな時どうしてあげたらいいのかわからなくて、ただ背中を撫でることしかできないけれど、あなたの悲しみは私の悲しみ。
同じように感じ、どんな時も一緒だということだけはわかっていてね。
時にはあなたに伝わらなくて、泣いてしまう時もあるかもしれないけれど、そんな時も変わらず側にいてね。
あなたとこれからも、喧騒の世界から時に離れ、季節の流れに目を向けたり、美味しいものを美味しいと感じたり、綺麗なものを綺麗と感じる純粋な気持ちを忘れずに、正直に生きていきたいです。
そんな気持ちでいます。
どなたかが、悲しみや辛さを分かちあえば半分になり、幸せや喜びを分かち合えば何倍にもなると言っていたこと…。
本当にその通りだなと思います。
私達もそんなふうになりたいです。
振り替えると沢山の方々に支えられここまでやってこれました。
ブログを通しても、沢山の方々とつながれたこと、顔も知らない私達に、温かい言葉をかけ、励まして下さったこと。
いいねを頂いたことは、頑張れ頑張れって、背中を押して下さっているように思え、とっても嬉しく思っていました。
皆さんのブログからもいろいろ学ばせて頂いたり、心を動かされたり、いろんな気づきを頂いています。
この場を借りて、皆さまありがとうございます。
手放した感情もあったし、これからも自分の想像とは違う道かもしれないけれど、息子は私の命だということを胸に刻み、これからも息子の手を取りながら、優しい人達に出逢う旅をし続けたいと思っています。
産まれてきてありがとう。
何度だって伝えます。
あなたの人生が輝きますようにと。
最後まで読んで頂いた皆さま、ありがとうございました
