北海道での地震、本当に涙が出ます。
大雨に地震に…
地球が泣いているのでしょうか…

だとしても、これ以上はもう許して欲しいと願ってやみません。

想像するだけでも大変な状況…。

私は震災を経験したことはありますが、あの頃はまだ子供で、状況がよくわからずにでも、親の保護下にいたおかげか怖さを分からずに過ごせていました。

小さな子供やお年寄り、ハンディをもつ方々、被災された皆さまが、いち早く安心できる生活を願います。

遠くから祈るしかできませんが、自分にできる小さなことを続けていきたいと思います。


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私の息子は自閉症なんです。と涙なしで言えるようになったのは最近な私。

病院などで、なかなか自閉症の「じ」と言うことができなくて、それより先に涙が流れて仕方がなかったのです…。

息子の障がいがわかってからもそれまでも、そのままの息子を愛していました。

ですが現実、これから先息子をどうやって育てて行ってあげたらいいのかと…
物凄く不安でしかたありませんでした。

私は何も知らなかったから…。

ふと、昔の辛かった時の記憶がよみがえりました。

というのも、最近は辛いことが重なりブログがなかなか書けなかった私なのです。

その中の一つ。

風邪をひいた息子を病院へ連れて行った時の出来事です。

病院はハンディのある子供達が療育もできる施設もあり、医師もハンディをもつ子供達の診断や相談を行っています。

今までも、本当は先生とは相性が合わないとわかっていた私。
だから私も悪いのです。

だけど、息子を連れて、遠くの病院へ行くことはなかなかできることではないのが現実でした。

本当はハンディの部分を理解下さる先生がいる病院へ行き、理解ある中で診察して頂きたいけれど、行くまでには時間がかなりかかってしまうのです…。

私はいろいろ考えた結果、息子のハンディの部分を診て下さる病院と、療育を基本に身体も診て頂ける病院の2つに通うことにしていました。

私とは合わない病院だけど、息子に何かあった時に、(薬の副作用等)すぐ対応できる近くのかかりつけ医が必要だと考えてのことでした。

精神のお薬を、いずれ考えなければならない時がくるのかもしれない…と、考えての決断です。

ですが近くの病院の先生とは、今までにもいろいろありました。

昔の記事にも書いたことがありますが、先生はどこか息子へのしんどい気持ちが見えてしまうのです…。

つい先日も、検尿をする時に息子に診察室で尿を出せるかと言われたことがありました。

何もわからない息子ではありますが、トイレはトイレでと教えてきた中で、息子の場合は誤学習する場合があるのでちょっとそれはできませんと断わったことがありました。

ハンディに対する理解があれば、そのようなことは考えられません。
息子にだからなのでしょうか…

そんな、息子に対してのなんとなく不理解さがあることを知っていながら私は病院へ息子を連れて行ったのです。
わかっていたのに…。

普段は聴診器で息子を診ることはあっても、時間が遅くになったり、息子が騒いだりの時に、先生の所見だけで聴診器なしで薬を下さる医師はこの先生以外にも実はいるのです。

だけど、私は本当はそれが悲しいです。

息子は私の大切な命です…。
普通と違うということが、こんなにも悲しいと思ったことの一つです。

だけど、内診は必要ないのですかと聞けない私がいます…。

遠慮してしまう私。
すみませんと思ってしまいます。

皆にかける言葉は優しい先生ですが、どこか心の奥の方に冷たい怖さがあり、瞬間的に表情を変え気持ちを出したり、ふと優しくなり我に変えったりする。

なぜ先生をそうさせるのかは謎です。

そして今回は耳を見せるのを嫌がる息子に苛ついてしまったようで、母である私に、

「あぁー。頭に手がかかっているわお母さん…。お母さん、頭は看護師がもつから、お母さんは、手と身体を抑えてて。」

と、言うのです。

初めに説明して下されば頭は持ちませんでしたが、先生は私にもだけど息子にも、心の奥では苛ついていたのかもしれません。

そうだし、私は自分一人でなんとかしなければ…と思っていたのです。


病院事態はハンディをもつ子供達も受け入れる体制ではあるけれど、先生の心の内は、受け入れられる範囲が狭いのだなと思いました。

そして、息子は暴れてしまい…

私の力では何度か手が解けてしまい、先生をさらに苛つかせ、

「お母さん、ちゃんと持っとかないと、いつまでたっても終わらへんよ。」

と先生が言いました。

私は、
「これでもちゃんとやっているんです。」

と、いうのが精一杯でした。

泣きたいのを通り越して孤独になりました。

情けないですが、息子のことを本当に力が強すぎて押さえらることが難しくなってきました。

こんな時にふざける親がどこにいるというでしょう…。

ストレスをぶつけられて怖くなりました。

無言の中必死に息子を抑え、ようやく診察を終えましたが、本当に辛かったです。

先生は息子に
「よく頑張ったねぇ」
と言っていましたが、目は笑っていませんでした。本当に怖い人だと思いました。

近くに病院があることはありがたいけれど、私達親子にとって、理解されるにはなかなか難しいのだと、打ちのめされた気持ちになりました。

次回からは風邪の時は違う病院へ行こうと思います。

理解ある先生が40分ほどの所にいます。

ハンディを診て頂けることはありませんが、子供にとっても優しく、娘の時はお世話になっていた所です。

息子は遠さもあり、ついつい断念していました。
そして人気があり、いつも待ち時間が長くてあきらめてしまう私だった。


診察が終わり、病院のロビーでいつになくよくおしゃべりする息子…。

五歳の男の子って、どんなお話してくれるんだろうなぁー。

なんて…思っているうちにふと涙が出てきました。

こんなに近くにいるのに、遠くまで行ってしまうかのような淋しさに、久々に襲われました。

私達は、真っ暗なトンネルを右も左も分からずに、親子で共に歩いている感覚でした。

そうすると、時に息子が倒れる時があって…。
それを自分だけの力で建て直すことで精一杯。

また歩き出せたと思えば小さな光が射し、喜んだと思えば、急に閉ざされたり…。

もう前が見えないと思えば、どこからともなく誰かの救いの手が差し伸べられ、感謝とはどういうことなのか、身を持って感じられたり…。

私にはそういう道だと思っていました。

だけど…
今も似てはいるけれど、少し違うのです。

トンネルの屋根の部分がなくなって、だけど、両側には景色が見えない壁があって、どこへ行くのかわからない道。

前しかない道のりです。

過去の道は消えていきます。

歩いていると、また息子は倒れ💦、あの手この手で起き上がらせたり、休憩してもうダメと思っていると、誰かにまた出会い力をもらったり。

だけど、昔あった屋根がなくなっただけで、だいぶ違います。

空からはお天気のように毎日晴れたり曇ったり、雨もある。

普通に生きていてもそんな感じなのだろうか…

だけど、息子がいない私なら、道ばたの小さな花に目をくれず、毎日空を見上げることをしなかったかもしれない…。

悲しい顔のあの人に、気づいて励ますことも、できなかったかもしれない。

だけど…だけど。

やっぱり悲しいこともある。

ありすぎだ。

息子はランドセル、何色か選べない。

そろそろ用意してあげないといけないのに💦思考が進まない。

筆箱は必要ですかと先生に聞いてしまった。いや、必要だし、必要ないと言われたら怒るくせに…( ̄▽ ̄;)


息子の手を離して前を進める日がくるのかな…。

息子が落とした物を拾い集めながら、持たせては、後ろ姿を追いかける日々。

とぼとぼ三歩ほど後ろからでも見守れる日がくるのかな…。

夢だけど、叶えて欲しいことです。

手を離して一緒に歩けること。

いつか叶えたい。

横一列になって、歩きたいね。


毎日がスタートって言葉を思い出しました。

毎日が一からの始まりで、心新たに希望に胸を膨らますこと。

自分の背中を押してくれます…。

嫌なことも昨日でおしまい。
おしまいにしたいよ。

おしまいという言葉でマカトンがすぐ頭に浮かぶ私は、息子を育ててきたからこそのことだと思います。

おしまいの言葉一つにもドラマがある。

今日は新たな始まりの日だって笑いたいな。

傷つくことを恐れないで、自分の力を信じて、真っ直ぐに生きていれば、必ず道は開けるはず。

今日も嘘偽りのない気持ちで取り組もうと思います。

最後まで読んで下さりありがとうございましたお願いキラキラ