今日も朝から息子と散歩して参りました💦
ここのところのバランスバイクの息子に全力並走100メートル×5回と、田畑を一周しなければいけないことにくらべれば全然ましですが💦
毎日ほぼですもの💦
掛け声だけでは止まってくれない息子。
息子のストレスを思えば、もちろん付き合いますっという切なる母心。
なんだったら連れ出すこともする。
この修行のような光景に、ご近所の方にどう思われていることでしょうね…💦
散歩させられているのはどっちなんだろう…と心の中で爆笑します。
老体にむち打ちながら、ちょっと待ってーっと、追いかけ回す日々。
これも子を思う愛があるからだね。
















愛って目には見えないものですよね。
愛してると言われても、思われていても、気づけなかったり、その愛の深さが伝わらないこともある。
それが、歳を重ねることや、子供を授かれたことで、その意味にやっと気づけた私がいます。
大事にされている、愛されてると感じた時に、人は少しづつ強くなり、困難に立ち向かおうとします。
子育てにも言えることなのかな…
私自身も、特に親から与えてもらった愛が、今の自分を支えてくれています。
結婚し、義理の家族とのことで辛かったこと。
母は何かしらの助言をくれました。
親としての気持ちと、母自身が乗り越えてきた、義理の家族への気持ちだったりを共感してくれたり…
私は泣きながら話た時もありました。
母も電話口で泣くこともありました。
そんな母が父と話すようにと電話に父を出してきたことがありました。
私は普段父と話すことはめったにありませんし、父のことは嫌いというわけではありませんが、話をせずともいられる居心地の良さはあるのだけれど、娘と父にありがちな距離とでもいうのでしょうか…自分のことをペラペラ話すこともなく、一言二言を交わすだけで、お互いを知ろうとする。
そんな関係でした。
だけど、その時の私は辛くて辛くて、父に義理の家族への気持ちをあるがままに話せたのです。
義理の妹の横柄な態度や冷たさ。
それをあたりまえとする家族。
私の子供達がされた無視。
私が受けた義理の家族からの冷酷なしうち。
こんな話をする娘に父は一体どんな話をするのだろう…
内心ドキドキしました。
父は、
「自分達と一緒に住んでいる子供達はいて当たり前で、言葉にしないけれど、一番大切だと思っているんだよ。だけど、離れて暮らす子供のことは凄く心配しているんだよ。○○(私)のこともそうだ。
まだご両親は若い。いずれ自分達が大切にしなければならない人が誰だかわかる時が来る。
感謝の気持ちを忘れずにいなさい。言葉にして伝えなさい。」
私はこの言葉に救われ泣きました。
義理の家族が私達を大切だと思ってくれているはずだということではなくて…
父が私を心配し、大切に思ってくれていたことが凄く嬉しくて泣きました。
父は母にはいろいろ私にあったことに、驚きやあり得ないと言っているようだけれど、私に向ける言葉は違う。
「嫁がせた娘」として、見守ることをしてくれています。
淋しいけれど、いつも傍で感じる愛。
心配かけてしまってごめんなさい。
そんなことが直接言えない私。
考えてみたら、嫁げば親と子供は限られた時間しか過ごすことができない。
親と過ごした時間より、伴侶と血の繋がらない家族と過ごす時間の方が遥かに長い。
そんなことを年配のお客様とお話しながら涙が出そうになった。
お客様の姿からその時間を感じ、娘という存在はなんて儚いのかなと思いました。
昔は親を思えど嫁ぎ先の親のことが優先になっていた時代。
してあげたくてもできなかったとお客様は言っていて…。
儚い時間を大切にしないといけないなと思いました。
あ、うちの場合は息子ちゃんがたぶんずっと一緒なので、その辺は違いますが💦
両親には私の子供に関しても、心配をかけ続けています。
このあいだは、息子が五時間ぐらいパニックになったとを母が父に話たそうで…
父は息子のこともですが、私を想って
○○も辛いだろうに、可哀想に…と、言っていたらしいです。
親にとっては子供はいくつになっても子供で、心配はつきないということも、歳を重ねて十分に理解できるようになりました。
孫も可愛いし、娘もやはり可愛い。
出産し、どちらも帝王切開なので、子供達が先に出てくる。
母は私が出てくるまでいつも気が気じゃなかったらしいです。
特に娘の時は時間がかかっていたみたいでかなり心配をかけました。
そんな父や母は娘や息子をとにかく可愛いがってくれています。
一番嬉しいのは、息子にハンディがあるとは思わず、息子のありのままを受け止めてくれること。
息子は父が好きで、父がにこりと笑えば、息子もにこりと笑います。
会える日は少ないのに、驚きです。
父の隣に寝転がりお昼寝をする息子。
同じ血がかよっているとはこのことなのかなと、考えさせられました。
愛されるって心が満たされたますね。
私自身も子供達にたくさんの愛をあげたいなと思いました。
問題は解決しないこともあるけれど、気持ちを満たしてくれる何かがあれば、道は開けていくのかな…。
わからずやの私はイライラしたり、悲しんだり、泣いたり、そうするうちに何かに救われたりしながらとぼとぼと自分の道を歩んでいくのでしょう…。
最後まで読んで下さりありがとうございます

暑い日が続いていますが、皆さまお身体お気を付けてください
ここのところのバランスバイクの息子に全力並走100メートル×5回と、田畑を一周しなければいけないことにくらべれば全然ましですが💦
毎日ほぼですもの💦
掛け声だけでは止まってくれない息子。
息子のストレスを思えば、もちろん付き合いますっという切なる母心。
なんだったら連れ出すこともする。
この修行のような光景に、ご近所の方にどう思われていることでしょうね…💦
散歩させられているのはどっちなんだろう…と心の中で爆笑します。
老体にむち打ちながら、ちょっと待ってーっと、追いかけ回す日々。
これも子を思う愛があるからだね。
















愛って目には見えないものですよね。
愛してると言われても、思われていても、気づけなかったり、その愛の深さが伝わらないこともある。
それが、歳を重ねることや、子供を授かれたことで、その意味にやっと気づけた私がいます。
大事にされている、愛されてると感じた時に、人は少しづつ強くなり、困難に立ち向かおうとします。
子育てにも言えることなのかな…
私自身も、特に親から与えてもらった愛が、今の自分を支えてくれています。
結婚し、義理の家族とのことで辛かったこと。
母は何かしらの助言をくれました。
親としての気持ちと、母自身が乗り越えてきた、義理の家族への気持ちだったりを共感してくれたり…
私は泣きながら話た時もありました。
母も電話口で泣くこともありました。
そんな母が父と話すようにと電話に父を出してきたことがありました。
私は普段父と話すことはめったにありませんし、父のことは嫌いというわけではありませんが、話をせずともいられる居心地の良さはあるのだけれど、娘と父にありがちな距離とでもいうのでしょうか…自分のことをペラペラ話すこともなく、一言二言を交わすだけで、お互いを知ろうとする。
そんな関係でした。
だけど、その時の私は辛くて辛くて、父に義理の家族への気持ちをあるがままに話せたのです。
義理の妹の横柄な態度や冷たさ。
それをあたりまえとする家族。
私の子供達がされた無視。
私が受けた義理の家族からの冷酷なしうち。
こんな話をする娘に父は一体どんな話をするのだろう…
内心ドキドキしました。
父は、
「自分達と一緒に住んでいる子供達はいて当たり前で、言葉にしないけれど、一番大切だと思っているんだよ。だけど、離れて暮らす子供のことは凄く心配しているんだよ。○○(私)のこともそうだ。
まだご両親は若い。いずれ自分達が大切にしなければならない人が誰だかわかる時が来る。
感謝の気持ちを忘れずにいなさい。言葉にして伝えなさい。」
私はこの言葉に救われ泣きました。
義理の家族が私達を大切だと思ってくれているはずだということではなくて…
父が私を心配し、大切に思ってくれていたことが凄く嬉しくて泣きました。
父は母にはいろいろ私にあったことに、驚きやあり得ないと言っているようだけれど、私に向ける言葉は違う。
「嫁がせた娘」として、見守ることをしてくれています。
淋しいけれど、いつも傍で感じる愛。
心配かけてしまってごめんなさい。
そんなことが直接言えない私。
考えてみたら、嫁げば親と子供は限られた時間しか過ごすことができない。
親と過ごした時間より、伴侶と血の繋がらない家族と過ごす時間の方が遥かに長い。
そんなことを年配のお客様とお話しながら涙が出そうになった。
お客様の姿からその時間を感じ、娘という存在はなんて儚いのかなと思いました。
昔は親を思えど嫁ぎ先の親のことが優先になっていた時代。
してあげたくてもできなかったとお客様は言っていて…。
儚い時間を大切にしないといけないなと思いました。
あ、うちの場合は息子ちゃんがたぶんずっと一緒なので、その辺は違いますが💦
両親には私の子供に関しても、心配をかけ続けています。
このあいだは、息子が五時間ぐらいパニックになったとを母が父に話たそうで…
父は息子のこともですが、私を想って
○○も辛いだろうに、可哀想に…と、言っていたらしいです。
親にとっては子供はいくつになっても子供で、心配はつきないということも、歳を重ねて十分に理解できるようになりました。
孫も可愛いし、娘もやはり可愛い。
出産し、どちらも帝王切開なので、子供達が先に出てくる。
母は私が出てくるまでいつも気が気じゃなかったらしいです。
特に娘の時は時間がかかっていたみたいでかなり心配をかけました。
そんな父や母は娘や息子をとにかく可愛いがってくれています。
一番嬉しいのは、息子にハンディがあるとは思わず、息子のありのままを受け止めてくれること。
息子は父が好きで、父がにこりと笑えば、息子もにこりと笑います。
会える日は少ないのに、驚きです。
父の隣に寝転がりお昼寝をする息子。
同じ血がかよっているとはこのことなのかなと、考えさせられました。
愛されるって心が満たされたますね。
私自身も子供達にたくさんの愛をあげたいなと思いました。
問題は解決しないこともあるけれど、気持ちを満たしてくれる何かがあれば、道は開けていくのかな…。
わからずやの私はイライラしたり、悲しんだり、泣いたり、そうするうちに何かに救われたりしながらとぼとぼと自分の道を歩んでいくのでしょう…。
最後まで読んで下さりありがとうございます

暑い日が続いていますが、皆さまお身体お気を付けてください
