昨日はいろいろありました。

そんなこともあり、私の人生って一体なんだろう…と絶望の中にいました。

幼少期は、祖父と父の仲が悪く、そのせいもあり親同士もケンカが絶えず、家の中はケンカだらけで祖父のことで親戚や近所が家に怒鳴り込んできたり…

そんなことが日常茶飯事でした。

両親とも共働きで、母は仕事の帰りが遅く、いつもお腹がすくだろうと、買ってきてくれていたパンやお菓子を夕食前に食べていたり、お腹がすいてしまって先に自分で料理したり……

やっぱり孤独だったのだと思います。

寂しくはなかったけど、自分のことは自分でしなければいけないことも多かった。

そんなだから家族と一緒に過ごすということもなかなかできなかった。


自分が生きるすべは要領よく身につけられたくましく育ったけど、教えることが苦手で自分が子供を育てるのには苦労してきました。

そんな生活だったけど、性格は底抜けに明るかった。これは本当に不思議です。


友達を笑わせたり、自分は可哀想なんて思いもしなかったし、常に笑いのある学校生活を送っていた。

学校に行きたくないなんて一度も思ったこともなかった。


やっぱり母からの愛情を受けていたおかげかもしれません。


だから私の中のしんどさはみんな知らないと思います。

成績はいいほうだけど、バイクに乗ったりタバコを吸ってみたり…髪を染めたり。

要領よく親を困らせない程度の思春期特有の生活も体験したり、、、


だけど、姉はそんな環境の中で一番影響を受けたのか拒食症になり、私もつられて痩せていきました。


親に隠れて過食嘔吐を繰り返し、下剤を一年以上は飲んでいました。

ただ、姉のようにどっぷり身体を痛めつけることはできなかった。


姉は心が純粋すぎたのです。


私はどこかに、母には迷惑はかけてはいけない、苦労している母をこれ以上悲しませてはいけないと思っていたからか、食い止められました。


拒食症って本当辛いです。


もう治って食事ができ、普通の生活ができているのに、姉は今でも下剤が手放なせないでいるのです。

それを見るのは本当に心が痛いけど、あえて知らないふりを通しています。

指摘されるのを一番怖がることを知ってるから…

側に拒食症の人がいたら、何も言わずに抱きしめてあげて欲しい。

存在を認めてあげて欲しいと思います。

あなたが大事。
大丈夫だよということを、何年も何年も言ってあげて欲しい。

今だに心配な姉です。


私は二十歳になり好きな仕事に出会い、真面目に働き結婚し、子どもを授かりました。

姑や小姑に酷い扱いを受け、息子のことで差別もされ…

おかげで、楽観的な所や明るさを失いました。

あんなに大変だった幼少期のほうが明るさを忘れなかったのに…

他人のご飯を食べること、嫁いだ先で受ける陰湿ないじめほど辛いものはありませんでした。


それがきっかけになったこと。


パニック障害のようになる日があります。

今は大分減りましたが、突然呼吸が浅くなり、倒れてしまいそうになるのです。

深呼吸をしても呼吸がうまくできなくて、落ちつこうとすればするほど手足が冷たくなりどうにかなりそうになるのです。


受けたことを身体が忘れられないのでしょう。

本当に私の人生って一体何?

今でも進みたいのに足を引っ張るいろんなしがらみがあります。

よくもまぁこんなにいろいろ起きるなぁとあきれてしまいます。

もう十分だと、もう産まれ変わらなくていいと思っているのに、私にはまだ学ばなければならないことがあるのかなと考えます。


これまでの人生は人の闇の部分ばかり見てきたけど、光の部分を息子が自分を通して見せてくれているのかな…。

そう思います。

息子に関わる全てが純粋で汚れなく、私の知らなかった世界なのです。

大変だと思うことがあっても、私が受けた全てを黒から白へ変えてくれてる存在なのかもしれません。

悲しみや辛い思いをしてる人は案外近くにも沢山います。

近所のスーパーでお菓子の箱がずれているのが気になって何度も確認して戻ってきて、中々前に進めないでいるおじさん…。

本当は次の行動に進みたいのに進めずに、何分も何時間も買い物に時間かかかっている…

駐車場でいったり戻ったり繰り返してる。

強迫観念にとらわれてて、見てるこちらが可哀想になります。

そういう辛い立場の人を見つけてしまうことがよくある私。

周りの人は何も気づいてないようだけど…。

おじさんに、もう大丈夫だからって言ってあげたくなります。


私だって紙一重。

いつ、どうなるかなんてわからない。


だけど、こんな時こそ笑いたい。


今日も1日ご飯も食べれた。
子供のことを抱きしめられた。


これって幸せなことですものね。

苦しみも笑顔に変えるんだと、自分を奮い立たせます。

自分に甘い所があって、甘えを許していることに気がついた。

頑張ることをせず、○○だから仕方ないと決めつけていた。

あいまいな部分を許し、覚悟を決めずに生きていたのです。


自分の人生なのに、人のせいにしている自分がいました。

知らず知らず、自分を守っていた。

命がある限り苦しみがあることを認める。

その中での喜びがある。


ただ、苦しみは記憶に残りやすいんだと思います。

泣く前に、笑うんだ。
泣き笑いでもいい。


状況を変えていく強さをもたなければならない。

そう思いました。


今一度、自分の気持ちを整理したいと思います。


読んでいただきありがとうございます。