息子は一歳になる前に、言葉(キャラクターの名前)を突然言ってくれました。
その後も1つ、2つ…。10数個は言えていたと思います。
それが歩くようになった1歳6ヶ月頃から、段々言えていた単語を話さなくなっていったのです。
私は昔は言葉を出してくれていたのに、どうして…と言う気持ちでした。
のちに、折れ線型自閉症というとものにたどり着きました。
主治医からは大まかに自閉症とだけ言われていますが、私はこれなんじゃないかなと思っています。
歩けるようになり今まで見えていた世界が広がって、色々な刺激が先に入ってしまい集中できなくなったのかなと漠然と感じます。
息子のことで最初に不安を感じたのは、早産で多呼吸、VSDが分かり、低血糖のため小指から点滴を入れていたのですが点滴が外れたのに、手がしばらくの間、パーの状態で手のひらに指を入れても握らなかったこと…小指も一本だけピーンとなって、曲げることをなかなかしなかった…
あれ?変だなぁと思っていたのに、当時は誰も何も言わないし大丈夫なのかなと、思っていました。
だけど、娘の時とはなんか違う…
初めて感じた違和感でした。
今考えるともしかして、いろんなことが重なって頭に負担がかかっていたのではと思う時があります。
真実はわかりませんがあの時本当は息子は苦しかったんじゃないかと思う時があります。
言葉が出たのは早かったけど、腰の座りも遅く、ずりばいをしていて腕だけの力で進んでいるような気がしました。姉はしなかったこと…
1歳6ヶ月にやっと歩けたけど、両手を上げてバランスをとりながら歩いていて、お姉ちゃんとは違う成長に少し不安を感じながらも、早く産まれたんだし、この子にはこの子のペースがあるはずと、度重なる不安な気持ちに蓋をしめていたのです。
そんな息子は歩くとバランスが悪く片方の腕を降って走ったりしていました。
療育の先生にもそのようなお話はしました。
皆さんは、発達に遅れのあるお子さんは身体の使い方がわからずそうなる場合が多いとおっしゃっていました。
今は随分と身体の動かし方がギクシャクしないようになってきてはいますが、長いあいだ椅子に座っているのがむずかしく、前の方へずるずる滑り落ちたりがあります。
どこか腰がしっかりしていない感じで…
座ったり、立ったりしながら服をはくことがこんなにも難しいことだなんて…と日々思っています。
そして、今だに親として、自分を責める時があります。
産まれた時からこの子は頑張ってくれていたんだと思ったら、さらに頑張らせなきゃいけなくなってしまって申し訳なく思ってしまうのです。
ある日、全てのことが上手くいかない日があったのです。
手続きに関わってくれていた方からの心ない対処に、もうやっていく自信がなくなってしまった日のことでした。
何もかも嫌になり、運転中の車の中でもう無理だと思いました。
どうして言われたくないことを言われたり、言いたいことがあっても飲み込んだり、一歩も二歩も下がってお願いしなきゃならないんだろう。違うと思うことを押し通そうとされることの憤りを感じていました。
そして、周りの全ての人が幸せそうでまぶしかった。そんなことはないだろうに…
隣で笑う無邪気な娘と、後ろに乗った無垢な息子を連れて、涙が流れているのを娘に知られないように、会話をする。
娘の話が全然頭に入らないのに相づちをしながら、ふと後ろの息子を何気なくバックミラーで見ると可愛くて可愛くてしかたない感情と色んな感情が入り交じって…
二人とも私の手の中にある。慕ってくれ私を必要としてくれている。
私はずっとこの子達と一緒だ。
幸せなはずなのに…
高速道路の下に広がるキラキラに光った綺麗な海が見える道の先を突き破って、空に吸い込まれてしまいたくなった。
だけど、私にはできるはずもなかった。
私の浅はかな考えで、子どもの未来は奪えない。
あんなに気持ちのいい日だったのに、一番底辺の事を考えていた。
あの日にはもう戻りたくない。
誰かに助けてもらえる環境が必要だと思った。
その後も1つ、2つ…。10数個は言えていたと思います。
それが歩くようになった1歳6ヶ月頃から、段々言えていた単語を話さなくなっていったのです。
私は昔は言葉を出してくれていたのに、どうして…と言う気持ちでした。
のちに、折れ線型自閉症というとものにたどり着きました。
主治医からは大まかに自閉症とだけ言われていますが、私はこれなんじゃないかなと思っています。
歩けるようになり今まで見えていた世界が広がって、色々な刺激が先に入ってしまい集中できなくなったのかなと漠然と感じます。
息子のことで最初に不安を感じたのは、早産で多呼吸、VSDが分かり、低血糖のため小指から点滴を入れていたのですが点滴が外れたのに、手がしばらくの間、パーの状態で手のひらに指を入れても握らなかったこと…小指も一本だけピーンとなって、曲げることをなかなかしなかった…
あれ?変だなぁと思っていたのに、当時は誰も何も言わないし大丈夫なのかなと、思っていました。
だけど、娘の時とはなんか違う…
初めて感じた違和感でした。
今考えるともしかして、いろんなことが重なって頭に負担がかかっていたのではと思う時があります。
真実はわかりませんがあの時本当は息子は苦しかったんじゃないかと思う時があります。
言葉が出たのは早かったけど、腰の座りも遅く、ずりばいをしていて腕だけの力で進んでいるような気がしました。姉はしなかったこと…
1歳6ヶ月にやっと歩けたけど、両手を上げてバランスをとりながら歩いていて、お姉ちゃんとは違う成長に少し不安を感じながらも、早く産まれたんだし、この子にはこの子のペースがあるはずと、度重なる不安な気持ちに蓋をしめていたのです。
そんな息子は歩くとバランスが悪く片方の腕を降って走ったりしていました。
療育の先生にもそのようなお話はしました。
皆さんは、発達に遅れのあるお子さんは身体の使い方がわからずそうなる場合が多いとおっしゃっていました。
今は随分と身体の動かし方がギクシャクしないようになってきてはいますが、長いあいだ椅子に座っているのがむずかしく、前の方へずるずる滑り落ちたりがあります。
どこか腰がしっかりしていない感じで…
座ったり、立ったりしながら服をはくことがこんなにも難しいことだなんて…と日々思っています。
そして、今だに親として、自分を責める時があります。
産まれた時からこの子は頑張ってくれていたんだと思ったら、さらに頑張らせなきゃいけなくなってしまって申し訳なく思ってしまうのです。
ある日、全てのことが上手くいかない日があったのです。
手続きに関わってくれていた方からの心ない対処に、もうやっていく自信がなくなってしまった日のことでした。
何もかも嫌になり、運転中の車の中でもう無理だと思いました。
どうして言われたくないことを言われたり、言いたいことがあっても飲み込んだり、一歩も二歩も下がってお願いしなきゃならないんだろう。違うと思うことを押し通そうとされることの憤りを感じていました。
そして、周りの全ての人が幸せそうでまぶしかった。そんなことはないだろうに…
隣で笑う無邪気な娘と、後ろに乗った無垢な息子を連れて、涙が流れているのを娘に知られないように、会話をする。
娘の話が全然頭に入らないのに相づちをしながら、ふと後ろの息子を何気なくバックミラーで見ると可愛くて可愛くてしかたない感情と色んな感情が入り交じって…
二人とも私の手の中にある。慕ってくれ私を必要としてくれている。
私はずっとこの子達と一緒だ。
幸せなはずなのに…
高速道路の下に広がるキラキラに光った綺麗な海が見える道の先を突き破って、空に吸い込まれてしまいたくなった。
だけど、私にはできるはずもなかった。
私の浅はかな考えで、子どもの未来は奪えない。
あんなに気持ちのいい日だったのに、一番底辺の事を考えていた。
あの日にはもう戻りたくない。
誰かに助けてもらえる環境が必要だと思った。