年少さんの頃の先生との出会い。
これが今でも私の宝物となっています。

あの頃は毎日泣いて泣いて暮らしていました。
変わってやりたくても変わってあげられない…
今までの人生で一番泣いた時でした。


ある意味別れの時に感じるような、ものすごい喪失感があったのです…。

健常者と言ったらよいのか…なにか、その世界からの旅立ちをしていかなければならなかったから。なのかな…。

ママって呼んで欲しくて泣いた。
どうして…って
自分も責めたし、どうしてあの子がこんな試練を背負わなくてはならないのかと悲しみでいっぱいだった。


だけど、あの時の涙は私にとって必要があったのだと思います。
あの最大の涙があって、前へ進むことができたんだって思うのです。


あの頃…。
新年度になり新しい先生はどんな方なんだろうと、心配で仕方なかった。

また息子に諦めを抱きながら接する先生だったらどうしよう…不安でしかなかった。

でもその想いとは逆に素晴らしい出会いがあったのです。

新しい先生は心の底から信用ができ、厳しさの中に底知れない暖かみのある先生だったのです。


何故かお会いしてお話した瞬間から、真っ直ぐな生き方をされてきたのが伝わってきたのです。


先生は私を初めて見た時、自分の想いを言えずに苦しんでいらっしゃったと言われたのですが、本当にその通りだったので驚きました。


その当時の私は情けないですが、泣くか、お願いしますか、ありがとうございますか、ノートのやり取りの中でしか、自分の感情を出せませんでした。

深い深い闇にいたのです。
息子の話をしようとする度に涙が出てしまう状況でした。
メンタルが壊れてたんだと思います。

そんな心が先生との出会いで癒され、私を少しづつ強くさせ、どんな母親になりたいのかという道しるべになって教えてくれたように思います。


私の基盤を作ってくれた方と言っても過言ありません。


今ではクラスが変わりましたが、度々お見かけしては、心の中で
「ありがとうございます」
と思っています。

もちろん顔を会わせればお話しますが、先生もお忙しいのであまり話はできませんが、とてもとても感謝しています。

そんな先生のなにが素晴らしいかというと、もう全てです。
(好きすぎて怖い((( ;゚Д゚))))

ある日のこと。
先生との日記に、この頃急に「わぁ~っ」とか大きな声を出す時があって…
と書いたのですが…。

大きな声が場にそぐわない時には、他の人の視線を感じ正直辛さを感じる時があったのです。

先生には辛いまでは言っていなかったのですが、なんでだろうと問いかけのように書きました。

すると先生は日記に、
「声を出すということは、生きているということです。二本の足で立って歩くということも、産まれて息を吸うことも当たり前のことではなく、奇跡なのです。」と書いて下さいました。

思い出すと今でも泣けてきます。

それでいいのだと。
感謝をしなくてはならないことだということを私に教えて下さいました。

息子が産まれてから当たり前のことなどないとわかっていたつもりなのに、息子のありのままを理解してあげることがおろそかになっていました。

おかげで息子が声を出してしまう時も、辛いな、困ったなぁと思わず堂々としていられるようになりました。
もちろん注意はしますΣ(lliд゚ノ)ノ

名前を呼んでも振り向いてくれないことがせつなくなることがあるんですと書いた時も、

「あなたの名前は○○君と言い続けてあげて下さい。そしてぎゅっと抱き締めてあげて下さい。」

と、書いて下さいました。

そして保育園でもずっと伝え続けて下さいました。

(今書いていても涙がでます…(:_;))


おかげで息子は自分の名前がわかるようになりました。
呼ぶと振り返ってくれます。(涙)


愛をいっぱいくれたこと、感謝してもしきれません。

先生ありがとうございますって、今日も明日もずっとずっと思い続けていくのだと思います。