「前職では、トップの成績でした」。面接でそう語った中途社員が、半年たっても成果を出せない。能力はあるはずだ。やる気もある。なのに、なぜ動けないのか。答えは、本人の中にはない。御社が「言葉にしていないルール」の中にある。
「即戦力」は、入社した瞬間に孤立する
中途社員が動けなくなる理由は、本人の能力でも、相性でもない。入社後の受け入れ方に、構造的な穴がある。
「即戦力」という期待が、放置の言い訳になる
新卒なら、誰かが手取り足取り教える。だが中途には、それをしない。「経験者なんだから、わかるでしょ」。この一言で、受け入れは終わる。
ある社長は、こう振り返る。
「同業から来た営業でしたから、正直、何も教えてないんです。初日に机とパソコンを渡して、『じゃあ、よろしく』で終わり。こっちも忙しいし、向こうもプロだし。三ヶ月たって数字が出てないのを見て、初めて『あれ?』と思ったんです」
即戦力という言葉は、期待のように聞こえる。だが実態は、放置の許可証である。
御社の「正解」は、どこにも書かれていない
どの会社にも、暗黙のルールがある。どこまで値引きしていいか。誰に話を通せばいいか。どの顧客を優先するか。社長はどんな判断を嫌うか。
これらは、マニュアルに載っていない。長くいる社員は、空気で知っている。だから、誰も説明しようと思わない。説明する必要を感じたことがないからだ。中途社員は、地図のない街に放り込まれる。
前職の正解が、唯一の判断基準になる
地図がないとき、人は手持ちの地図を使う。中途社員にとって、それは前職のやり方である。
前職では正しかった判断が、御社では「わかってない」と映る。注意される。だが、なぜ違うのかは説明されない。本人は迷う。迷うほど、判断を避ける。判断を避けるほど、動けなくなる。前職のエースが御社で止まるのは、能力が落ちたからではない。判断の基準を、奪われたままだからである。
辞めないから、損失が見えない
離職なら、まだわかりやすい。人が抜け、穴が空き、問題が表に出る。中途社員が戦力化しない問題は、逆である。本人は辞めない。毎日出社し、そつなく働く。だから、誰も問題だと気づかない。
別の会社の社長は、こう語った。
「辞めたわけじゃないんですよ。真面目に来てるし、言われたことはやる。でも、自分から何かを決めることがない。会議でも、最後は必ず『社長、どうしますか』。気づいたら、高い給料を払って、指示待ちを一人増やしてたんです」
まず、採用にかけた金と時間が回収されない。紹介手数料、面接の工数、期待していた売上。すべてが「いずれ戦力になるはず」のまま、宙に浮く。
次に、既存社員との間に溝ができる。「経験者なのに、あれか」。古参は冷ややかに見る。中途社員は、ますます遠慮する。職場の中に、見えない壁が一枚立つ。
そして最も深刻なのは、社長がプレイヤーに戻ることである。任せるために採ったはずの人が、判断を社長に戻してくる。社長の仕事は減らない。むしろ増える。「やっぱり自分がやったほうが早い」。そう思った瞬間、次の中途採用も、同じ道をたどる。
中途社員を「お客さん」のまま置いておく会社は、採用するたびに、社長の依存先を一人ずつ増やしている。
中途社員に渡すべきは、仕事ではなく「判断の地図」である
対処は難しくない。必要なのは、手厚い研修でも、面倒見のいい先輩でもない。御社の判断基準を、本人の手に渡す構造である。今日から試せる打ち手を三つ挙げる。
打ち手1:最初の30日は「成果」ではなく「迷ったこと」を書かせる
入社後の一ヶ月、日報の問いを一つだけ変える。「今日、判断に迷ったことは何か」。
値引きの判断に迷った。誰に相談すべきかわからなかった。前職ならこうしたが、ここでは違う気がした。この「迷い」こそが、御社の暗黙のルールと、本人の地図がずれている場所である。迷いを書かせれば、ずれが見える。ずれが見えれば、埋められる。成果を問うのは、そのあとでいい。
打ち手2:迷いには「答え」ではなく「理由」を返す
迷いに対して、「こうして」と答えるだけでは足りない。それでは、次も同じことを聞きに来る。返すべきは、「うちはこう考える。なぜなら〜」という判断の理由である。
ある社長は、返し方を変えてからの変化をこう話した。
「前は『それはA社優先で』って結論だけ言ってたんです。今は『A社は創業のときから付き合いがあって、うちは長い関係を一番大事にしてるから』まで言う。そしたら三ヶ月目くらいから、似たような場面で、僕に聞かずに判断するようになった。理由がわかれば、応用が利くんですよね」
結論は一回しか使えない。理由は、何度でも使える。ただし、社長が全員の迷いに毎日理由まで返すのは、現実には続かない。ここを仕組みで支えられるかが、分かれ目になる。
打ち手3:前職のやり方を「否定」せず「翻訳」させる
中途社員の前職のやり方を、頭から否定しない。代わりに、こう聞く。「前の会社では、どうしていた?」「それは、うちだと何が違うと思う?」
否定されると、人は黙る。比べさせると、人は考える。前職の経験は、捨てさせるものではない。御社の言葉に翻訳させるものである。翻訳の過程で、本人は御社の判断基準を自分の言葉で理解する。そして時に、古参が気づかなかった改善のヒントが、その差分から出てくる。
まとめ
前職でエースだった人が、御社で動けなくなる。その理由は、能力の低下でも、採用の失敗でもない。御社の判断基準が、どこにも言葉になっていないことにある。エースは、地図を持っていたからエースだった。地図を取り上げられれば、誰でも立ち止まる。
中途社員に必要なのは、仕事の量ではなく、判断の地図である。迷いを書かせ、理由を返し、前職の経験を翻訳させる。それだけで、「お客さん」は御社の戦力に変わる。
人が育たないのではない。育つための地図が、渡されていないだけである。構造を変えれば、人は変わる。
編集後記
先日、「下期の方針が現場に届かない」という記事を書きました。今回の中途社員の話は、実はその裏返しです。方針が届かないのも、中途社員が動けないのも、根っこは同じでした。社長の頭の中にある判断の基準が、言葉になって外に出ていない。長くいる社員は空気で補えても、新しく来た人には、その空気がありません。
私たちがIsmAIを開発した背景には、まさにこの「社長の判断基準が、社長の頭の中にしかない」という構造への問題意識がありました。社長が一人ひとりに理由まで説明できれば、それが一番です。ですが、忙しい社長に、全員の迷いへ毎日付き合う時間はありません。だからこそ、仕組みが要ると考えました。
IsmAIは、社長の考え方・価値観・言葉づかいを学習し、社員が毎日書く日報に、24時間フィードバックを返します。中途社員が「ここで迷った」と書けば、社長ならどう考えるかを、理由とともに返す。入社したばかりの人が、社長と同じ地図を少しずつ手に入れていく。そんな使い方を想定して作りました。
あるお客様の社長さんは、こんな話をしてくれました。
「中途で入った課長が、最初はとにかく遠慮してたんです。でも日報でIsmAIとやりとりするうちに、『社長はこういう場面だと、こう考えるんですね』って言うようになった。僕が直接教えたわけじゃないのに。半年たった今は、僕に聞かずに決めてくれることが増えました」
「社長がその場にいなくても、社員が社長と同じ判断をする組織」。私たちがつくりたいのは、そういう会社です。新しく来た人が、初日から御社の地図を手に取れる。それを仕組みとして持てる時代になりました。
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※本記事の事例は、取材・ご相談の内容をもとに一部再構成しています。
