先日、父と深大寺へお蕎麦を食べに行きました。




故郷にいた頃は、毎日ランチに蕎麦を食べていた父。



最後の晩餐は一杯の盛り蕎麦でしめたいとゆう位、父子共に蕎麦好きです。



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都心にも関わらず涌き水から井戸からは澄み切った静寂な水が流れ、ライムグリーンの新緑に鳥達の鳴き声。


最高です。



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心がほんっとにあらわれますね~♪


父は私の分身だから!!とゆうほど何でも話し合える間柄です。


私が歳をとるにつれ信頼度はさらに増し、この日も胸のうちをたくさん話したくさん聞いては助言をしてくれました。


さすがに親。


私をよくわかっておられる。そして的確なアドバイスを与えてくれる。




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そこで蕎麦屋(深大寺へ来たら必ずここ!!)の庭で天ざるを頂きながら、♂を取り巻く『喜び組』について語りました。


簡単に言うと…


お金持ちの殿方の隣には着飾った奥様、彼女がちょこんと座り、決してでしゃばらず殿方たちが延々と繰り広げる会話に耳をかたむけ、相槌をうち終始笑顔でときたまネイルサロンでピカピカにデコレされた片手でお口を隠し「おっほっほっほ」と笑っています。



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その光景は蕎麦を啜る時の、音ありか、音無しか?によく似ています。


みなさま、お蕎麦を頂く時はずるずるーと美味そうな音を立てて頂く派ですか?



それとも音無しでお上品に頂きますか?



本来お蕎麦はずるずるっと喉の奥まで一気に風味を啜る。

音あってのものだと思うのです。


音無しでお上品に頂く蕎麦の召し上がり方は正直、私がそんなテレビをみたとしても美味しそう!私も食べに行きたい!とゆう気には到底なりません。



お金持ちの殿方の隣にちょこんと座って、まるでアクセサリーのように座っているだけで個々の輝きを放っているような喜び組も同じです。



おもしろければ腹をかかえ、ゲラゲラ笑えばいーじゃない。

うっふふふじゃなくてさ!



フォーク&ナイフを丁寧に使い、決してほうばらない小さな口でちょこちょこ食べては、目をむっくりとおーきくして『おいしゅうございます』ってなんじゃい??

『うんまーいー!まいうー(>_<)』でいーじゃない?!



そう思うのは、私だけなのでしょうか?


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上記の記事は例え話ですが、私が言いたいのはもっと自分をだしたいよね?って話です。


腹割って語り合い腹かかえるだけ大笑いしたいよね?って話です。



しかしそこは、良い意味でも悪い意味でも取れる『日本人』とゆうことなのでしょうか。



誰々の彼女だからとか誰々の奥様だからとか、立場もあるだろうし凛とした清楚な自分だけを見てもらいたい。



と思うのは勝手ですが、みんながみんなお高く止まり、相槌とおっほっほっほの笑みだけじゃぁ、生き方損してるなぁとつくづく思うCなのでした。



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あっ。誤解しないでくださいね!


言い忘れましたが、これは自分で自分に言った事でした。笑


正直世界が違うなぁと一人で勝手に殻に閉じこもり寂しいー(>_<)とたまにだだをこねているだけです。涙



色眼鏡で見ちゃっているから、どーうしても本来の和気あいあいな自分を出せません。



自分次第なんですけどね~。