遅かったじゃないの~。

今日は仕事が忙しかったんだよ。

 

 

さて

時事関係の記事が続きましたが、またちょっと昔を振り返って。

 

 

私が最後に性的虐待を受けた頃から、30年以上が経過している。

 

その間、私の気持ちは色んな方向へ変化した。

 

当初は、このまま忘れてしまいたいという気持ち。

母に、忘れる以外どうも出来ないのだから、と言われ、自分でもそう思っていた。

時が経てば記憶は薄れていくと信じて、時折思い出すことをあってもそれを押し込めていた。

 

20代後半から30代前半の頃。

虐待を受けていた当初やその後よりも、年齢を重ねるごとに過去の記憶に苦しめられるようになっていた。

人間関係、異性関係、世の中で起こる様々な性的な事件。

それらと過去を切り離すことは無理なのだと認識し始めた頃。

 

30代半ばから、40代半ば。

自分と他人との感覚の違いは、過去のことが大きく影響しているとはっきりわかった頃。

普通の人なら聞き流せるようなことが引っ掛かってしまうのは、

自分というものを持てない環境で育ったことが大きいと認識するようになった。

 

常に、別れたあと後悔するような恋愛しか出来なかった。

別れたくなかった、別れるのが辛かったという思い出はひとつもない。

 

心を許せる友人は何人かいたけれど、過去のことを真剣に聞いてくれる人はいなかった。

私の方でも、聞かされる方の負担を慮ってしまい、話しづらかったというのもある。

 

つまり、これまでずっと、過去のことを真剣に相談できる人はいなかった。

 

 

母は。

 

私がカミングアウトした当初こそ労わってくれたものの、

時間が経てば忘れていくだろうと思っていたようだった。

過去のことを忘れて、前を向いて歩くこと以外に道は無いと信じているようだった。

 

一緒にテレビを観ていて、性暴力事件のニュースが流れたりするとよく、

「男っていうのはホントに・・・動物と一緒だわね」とつぶやいたりするが、

そのことから私の過去に言及するようなことは一切無かった。

 

かなり時間が経った頃には、義理兄の名前を出して昔の話をするようにもなっていた。

ごく自然に。

「〇〇(義理兄の名)も、私が嫁に行った頃からそうだったのよ」みたいな感じに。

 

私は、義理兄の名さえ聞きたくなった。

学校や会社で義理兄と同じ名の男性を見つけると、それだけでドキッとする、今でも。

 

けれど母は、昔の事もさらりと話せるほどの強さを私に求めていた。

義理兄の名を出したくらいで私が昔を思い出し、めそめそすることを

母は人としての「弱さ」とみなしていたのだと思う。

 

 

長くなるのでまた次回に!