今日こそお見合い話の続きを書こうと思ったのですが。
 
2日も続けてヤフートップニュースに性犯罪記事が出ていたため、
すっかり頭がそちらモードに切り替わってしまった。
 
私は性犯罪のニュースはまめにチェックしている。
読むのは無論、世の中に実際に起きていることと、
自分の心の痛みから目をそらさずに向き合うため。
 
つらいけれど。
こうったブログを書くからには、それが必要なことだと思うから。
 
こうやってニュースになるのは、実際に起こっていることのほんの一部で
未だひとりで苦しんでいる人がどれだけいることか。
 
近年、昔に比べたくさんの性被害事件が記事となっている。
それを見るたび、私よりももっともっと深い傷を負っている人がたくさんいることに
どうしようもない憤りを感じる。
 
確かに私が被害を受けてきたのは10年以上という長い年月。
けれど近親者ということもあって、身体に傷が残るような暴力はほぼ受けていなかった。
 
けれど見知らぬ他人から、突発的に、後先考えることなく暴力を受けた場合
その傷は10年分の虐待にも匹敵する、またはそれ以上のものだろうと想像出来る。
 
よく「逃げられなかったのか」とか「抵抗しなかったのか」というコメントも聞くが、
相手のことなど微塵も思いやらない人間のやることが想像出来るのだろうか。
 
性暴力を振るう前にまず、抵抗出来なくなるまで殴る、蹴るの暴行を加える。
そして抵抗する力を失くしたところに性暴力を重ねる。
もう悪魔の所業としか言いようがない。
 
それでも、こういった事件の犯人は死刑にはならない。
 
私は実は20年ほど前に、このブログに書いているようなことをノンフィクションとして出版している。
その際に、性犯罪とその犯人のその後の処遇についても調べる機会があった。
 
呆れることに。
日本人の多くが感じているように、日本では被害者が泣きをみる国。
加害者をいかに更正させるかも大事でないとは言わないけれど、
それらは被害者の納得がいくような罰を受けてからの話であって然るべき。
 
けれど全くもってそうではない。
 
時代が進むごとに、事件は凶悪化・残虐化しているのに。
刑罰の世界はさして変わらず、加害者には前例にならい決まりきった刑罰を与え、
いかに更生を促すかばかりに力を注いているように見える。
 
被害者は一生苦しみ続けるだけ。
何のフォローも無い。
 
加害者の方は、まじめに刑期さえ送っていれば更生を認められ、
予定より早く社会復帰することさえあり得るという、この差は?
 
更生なんかするものか。
現に、性犯罪者の再犯率は他の犯罪に比べ群を抜いているとのことだ。
 
このデータを見ても、何かを変えようと思わないのだろうか。
 
私は、性犯罪者は死刑もしくは一生外に出られない終身刑で良いと思う。
もしかしたら更生する人間もいるかも知れないけれど、
被害者のことを思えば、その可能性にかける温情は必要のないものだ。
 
早くそこに気付いて欲しい。変わって欲しい。
 
世の中の、たくさんの被害者の声を聞いて。
 

それが今の、一番の願いです。