大好きなバンドのステージに招待された夢のような一夜から、3ヶ月後のある日。
これまでのエピソードはコチラ
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職場で上司に話があると呼び出されました。
別室に呼ばれることはそうそうあることではないので、
内心ざわざわしながら向かうと
「特集班に行ってみないか?」と異動の打診。
特・集・班
青天の霹靂でした。
特集班とは、エンタメ情報誌の特集記事を作る部署。
学生時代からマスコミを志望するも就活は惨敗。
紆余曲折を経てたどり着いた、その職場はマスコミ業界ではありましたが
その職場に限っては、マスコミ狙いではありませんでした(この経緯もいずれ)。
現に当時所属していた部署はPCに向かってひたすら情報を打ち込む
内勤ワークで、いわゆるマスコミ色はゼロ。
かれこれ5年近く、その部署にいたでしょうか。
そこに突如降って沸いてきた異動話。
とりわけインタビュー取材などを行うライター業務に就きたかった私にとっては、願ってもない話です。
「実は、特集班の○○さんが、あなたを強く推しているんだ」
推薦者である先輩の名前を聞いて、ぴんと来ました。
遡ること2ヶ月
年明け早々、その先輩にばったり会った私は、
12月に起きた夢のような一夜を熱く語りました。
実は、その先輩、私のさらに1枚も2枚も上手を行くミーハーっぷり。
かつては世界記録保持者だった男子短距離走の世界的超スター選手を追い掛けて、よく陸上大会を見に行っていたそうです。その熱量は半端なく、海外の五輪会場にもお手製の横断幕を作って応援に行ったほどで、その姿がテレビに映ったという伝説の持ち主でした(笑)。しかも、声援は選手にもちゃ~んと届いていて、その選手は先輩の名前と顔をちゃんと覚えていたんですよ。
というわけで、私が大好きなアーティストのコンサートに招待され、最後はステージに上げてもらい一緒に歌ってカーテンコールまで体験したというエピソードを話すと、先輩は我が事のように喜んで、盛り上がってくれたわけです。
先輩は、この時の話から、私のことをフットワークが良いと受け取ったらしく、特集班に空きができた際に、他部署にいた私を強烈に推してくれたのでした。
でも、よくよく振り返ってみると
私は、そんな大したアクションは起こしていないんですよね。
ただ大好きなアーティストの所属事務所のスタッフ宛にメールを送っただけ(笑)。
それが、あれよあれよと思いもしない方向に展開していったのです。
たぶん、特集班のほかの先輩にこの話をしていたら
ここまでの共感は得られなかったでしょう。
そうしたら、異動話もなかったかもしれません。
もし、あのミーハーな先輩に話していなかったら
もし、コンサートに招待されていなかったら
もし、事務所にメールを送っていなかったら。。。
そしてそして、もし、イタリア語を学んでいなかったら。。。。。。
以前、イタリア人に、なぜこんなに使い道のないイタリア語を学んでいるのかと尋ねられたことがありました。
イタリア以外に使える国はないし、将来性があるとは思えないと。
抑揚のある言葉の響きが美しくて、言語として大好きだった。
本当にそれに尽きるのですが、そのイタリア人は理解に苦しんでいました。
イタリア語を学び始めたきっかけは、
現地でイタリア料理をたらふく食べたーい!という食い意地だけ(笑)。
でも言葉を実際に学び始めると、その響きの美しさに魅了され、どんどんはまっていくことに。その過程でイタリアンポップスにたどり着き、DIROTTA SU CUBA(ディロッタ・ス・クーバ)というバンドに巡り会った。そして彼らの音楽を生で聴きたいがために事務所にメールした。
本当に不思議なものです。
ライターになりたいと思って就職活動していたときは惨敗続きだったのに
全くライターとは関係のないところから、ライターに進む道が目の前で開けたのですから。
イタリア語を学び始めてから、まさかのライター職成就まで
7年の月日が経っていました。
もっと短期スパンでライターに就く道も、あったでしょう。
でも、一見回り道に感じるこの行程をたどったからこそ、
身をもって体験できたことがたくさんあったのも事実。
(この間の経験も、いずれシェアしていきたいと思います)
目標を設定して、それを実現すべく動くことも、もちろん大切だけど
こうして将来設計とは無縁の(笑)
ただただ「好き」をつなげていった結果、夢を手に入れられることもある
何がどうリンクして、好転するか分からない。
そう考えると、人生、なんだか楽しく感じられませんか