前回の記事は7月4日、詰り1ヶ月間何もしなかった。

と言うより、書く元気が無かったのが本音だ。

この1ヶ月間は80余年間の人生で経験した最高の暑さ、更に病で気怠くて何もする気が起きない。

兎に角、何とか生き抜く事に専念しなければ・・・大袈裟では無くて心底そう思っている今日この頃である。

 

庭では雀、山雀、四十雀、河原鶸、鵯等が雛を連れて遣って来て、可愛い姿を見せて呉れている。

その気にさえなれば幾らでも可愛い写真が撮れる状況であるが、熱中症が怖くてとても撮影する気にはなれない。

病気をする前は熱中症なんて気にした事すら無かったが、今は本気で恐れている有様だ。

 

病気にさえなっていなければ今頃はサーキットをガンガン走っている筈だった。

サーキットを走るロータスエラン

今だってモチベーションは十二分にあるが、何しろ排便障害が全てで、これさえ無ければサーキット走行もレースも楽しめたのに!

友人知己には、サーキットで若い人達に迷惑を懸けてはいけないからと綺麗事を言ったけれど、本音を言えば排便障害の身にはレーシングスーツでお手洗いへ行くのは無理だ。

これが全てでサーキット走行は諦めざるを得なかった。

今なら、もう何時死んでも怖く無いから高速コーナーへだって思い切り突っ込んで行けるから以前より速く走れる気さえする。

 

幾ら繰り言を言っても始まらないし、サーキット走行は綺麗さっぱり諦めた筈だったが繰り言が出る様では、未だ心の隅に未練が残っているのだろう。

 

それは兎も角、この1ヶ月間一度も野鳥にカメラを向け無かった。

その間、庭では色々な紫陽花が咲き、随分遅い梔子が咲き、木槿のブルーバードが涼やかに咲いていた。

ホワイトダイアモンド

純白で清楚なホワイトダイアモンド。

この花に色々な雛達が止まって、親に餌を強請ったり巫山戯合ったり・・・その様はとても美しく可愛い・・・写したかったが諦めた。

来年は写せるやら?

木槿の花

とても涼やかな色の木槿のブルーバード。

 

写真は撮らなかったが、我が家の庭では7月の終わり頃に梔子が満開だ。

 

梔子と木槿はそろそろ終わったが、紫陽花は種類が多い所為もあり日に日に次から次へと咲いて目を楽しませて呉れている。

 

8月になって西洋人参木の涼やかな花が咲き出した。

この木は花の無い時期には野鳥達の遊び場で、常に何かが止まっているのに花が咲き出すと殆ど寄り付かないのは、まさか花を傷めない様に気遣っている訳でも無かろうに?

 

庭の木陰ではカワラヒワの雛だけが相変わらず餌を強請って、羽を震わせているが親は知らぬ顔して相手にしない。

 

エアコンを効かせた室内からノンビリ眺めるのも良いもので、少しでも良い写真をとギスギスした気持ちでカメラを構えてファインダー越しに眺めるのとではえらい違いだ。

だからと言って少し涼しくなれば勿論撮り出す事にはなるのだが、まその時には少し穏やかな気持ちでノンビリ眺め乍ら撮る事にするかな。

 

ところで何時になったらそういう気候になるのだろうか?

こんな状態が続いたら、夏鳥が何時迄も還らないで居付いたりいしないかと心配になってくる。

勿論、そんな事は有り得ないだろうが反対の状況では尉鶲が結構各地に居付いていて、繁殖しているのだから満更有り得ないとも言えないかも?

尉鶲の雛。

信州の友人宅で巣立った尉鶲の雛。

以前住んでいた八ヶ岳中腹では初夏に尉鶲が普通に飛び交っていた。

私が住んでいた15年以上前には見られなかった光景だ。

繁殖しているのだから多分、年中普通に見られるのだろう。

 

これを地球温暖化の所為だと言うなら多分そうなのだろうが、こんなのは太古の昔から繰り返されて来た現象で特に驚く程の事だとは思わない。

 

少し違う話になるが、生物であれ植物であれ外来種を矢鱈毛嫌いし排除する動きがあるが、古今東西色々な種類の動植物が入り乱れて各地に根付いて今日が在るという状況を考えれば、下手に人為を加えるよりは為すが儘に任せる方が良いのではと私は思っている。

 

梅だって秋桜だって外来種なのに、今では日本の景色に欠かせない花になっている。

 

嫌々、セイタカアワダチソウやオオクチバス他色々な外来種が日本の在来種を脅かしている現状を見過ごす訳にはゆくまい、と言う意見が大勢を占めている。

そして、其れ等は人の往来に伴って持ち込まれたのであるが、持ち込まれた原因が人的であれ風であれ条件さえ揃えば繁殖して増えて行くのは道理だろうし、それは自然だろう。

人的なのは不自然だと言いたい人達も多いのだろう。

そういう外来種を駆逐したいのなら、勝手に駆逐すれば良かろうが成る様にしか成らないさ。

 

子々孫々何時迄も日本の良さを護りたいと言う人達、頑張って護っください。

物事を地球規模で考えたら所詮姑息な考えだろうに。

ところで「姑息」というと多くの人は卑怯とか狡いとか思う様だが、本来的には一時凌ぎなので誤解の無い様に。

詰り、頑張って外来種を駆逐しようとしても生息条件が合えば精一杯蔓延る事だろう。

だからと言って梅や秋桜を駆逐しようとしていたとも思えないが、さてどうなのだろうか?