2007年。アメリカ。"RESERVATION ROAD".
テリー・ジョージ監督。
交通事故の被害者家族と、加害者家族とを相互に描いた物語。
突然の事故で最愛の息子を失った家族。調査を依頼した弁護士は、ひき逃げ犯人その人だった。
という偶然の可能性が果たしてどのくらいの確率であり得るのか、という疑問は解決されないままに終わった。
被害者家族にホアキン・フェニックス、ジェニファー・コネリー、亡くなった息子の妹役でエル・ファニング、
加害者で弁護士役にマーク・ラファロ、元妻にミラ・ソルヴィノ、という第一級の演技派俳優大集結みたいなキャスティングによる、繊細な表情の変化による演技競争大会だとでも思わなければ、かなりきびしい出来ばえの作品になってしまっている、ような気がしたが、
そうではなく、まともにこの映画の提起する問題と向き合ってみようと考えることができる人もいるみたいで、そう考えることができない自分が何かつまらない人間になっているような不安を与えるような場面もあったが、
やはりこれはあまりに演出面で物足りない部分が多すぎた。
この監督の名前を初めて知った『ホテル・ルワンダ』さえも、もう1度見直してみるとおかしな点の多い映画ではないのか、と不安になるほど、この映画では明らかに演出家が映画がどのような出来になっているのかを見失ってしまっているような気がする。
出演している俳優はそれぞれに素晴らしいので、もったいない。不自然な脚本でも演出の強引な力で観客を納得させてしまう、ということは映画ではよく起こるので、これは演出家の責任だろう、と思った。
ところどころに感情を揺さぶられるような良い場面があった。
IMDb 公式サイト(日本)
コネチカット州の田舎町で暮らす大学教授のイーサン(ホアキン・フェニックス)は、10歳になる息子(ショーン・カーリー)を目の前でひき逃げされ、息子は即死した。
妻(ジェニファー・コネリー)は自分のせいだと思い込み、幼い妹(エル・ファニング)はピアノの練習を始めることで混乱を乗り越えようとする。
イーサンが警察の捜査があてにできないと知り、裁判制度にも問題が多いと気づいて、独自の調査を始めるまでは納得できたが、その後の暴走ぶりには説明不足な演出が目立ってきた。
幼い妹が母親に対して、「私のピアノの音は天国まで届くかしら?」とたずねて、母親が一瞬当惑した表情を浮かべ、やがて娘の思いを感じ取って、「届くわ。」と答える場面の母子の表情は見事なものだった。
ひき逃げしてしまった男、ドワイトを演じるマーク・ラファロが最高殊勲選手賞の素晴らしい演技を見せていたが、マーク・ラファロならこれくらいできて当たり前な感じもあった。
離婚して、1週間に1度しか会えない息子への想いがあり、自首する勇気を持てない劣等感の固まりのような人物像を作り上げていた。
後半は自分の育った環境についての説明的なせりふが増えた。
ホアキン・フェニックスが復讐心に燃える男を熱演していたが、銃を手にするまでにエスカレートする過程がちょっと唐突に思われた。
警察の科学捜査でも手がかり不足で発見不可能な犯人を、被害者家族が独自の調査で発見できる可能性の確率はどれだけ低いものかを考えると、不自然すぎる。
息子を教えていた音楽教師(ミラ・ソルヴィノ)が犯人の元妻だったというのも変だったが、元妻に娘がピアノを習い始めるというのもあり得ないことのように思われる。
脚本も演出もいったん引いて、クールダウンする必要があったような気がする。
ひとつひとつの場面を見ると良い映画になりそうな要素があった。
ショーン・ペン監督の傑作『クロッシング・ガード』をもう1度見直した方が良かったような気もした。
テリー・ジョージ監督。
交通事故の被害者家族と、加害者家族とを相互に描いた物語。
突然の事故で最愛の息子を失った家族。調査を依頼した弁護士は、ひき逃げ犯人その人だった。
という偶然の可能性が果たしてどのくらいの確率であり得るのか、という疑問は解決されないままに終わった。
被害者家族にホアキン・フェニックス、ジェニファー・コネリー、亡くなった息子の妹役でエル・ファニング、
加害者で弁護士役にマーク・ラファロ、元妻にミラ・ソルヴィノ、という第一級の演技派俳優大集結みたいなキャスティングによる、繊細な表情の変化による演技競争大会だとでも思わなければ、かなりきびしい出来ばえの作品になってしまっている、ような気がしたが、
そうではなく、まともにこの映画の提起する問題と向き合ってみようと考えることができる人もいるみたいで、そう考えることができない自分が何かつまらない人間になっているような不安を与えるような場面もあったが、
やはりこれはあまりに演出面で物足りない部分が多すぎた。
この監督の名前を初めて知った『ホテル・ルワンダ』さえも、もう1度見直してみるとおかしな点の多い映画ではないのか、と不安になるほど、この映画では明らかに演出家が映画がどのような出来になっているのかを見失ってしまっているような気がする。
出演している俳優はそれぞれに素晴らしいので、もったいない。不自然な脚本でも演出の強引な力で観客を納得させてしまう、ということは映画ではよく起こるので、これは演出家の責任だろう、と思った。
ところどころに感情を揺さぶられるような良い場面があった。
IMDb 公式サイト(日本)
コネチカット州の田舎町で暮らす大学教授のイーサン(ホアキン・フェニックス)は、10歳になる息子(ショーン・カーリー)を目の前でひき逃げされ、息子は即死した。
妻(ジェニファー・コネリー)は自分のせいだと思い込み、幼い妹(エル・ファニング)はピアノの練習を始めることで混乱を乗り越えようとする。
イーサンが警察の捜査があてにできないと知り、裁判制度にも問題が多いと気づいて、独自の調査を始めるまでは納得できたが、その後の暴走ぶりには説明不足な演出が目立ってきた。
幼い妹が母親に対して、「私のピアノの音は天国まで届くかしら?」とたずねて、母親が一瞬当惑した表情を浮かべ、やがて娘の思いを感じ取って、「届くわ。」と答える場面の母子の表情は見事なものだった。
ひき逃げしてしまった男、ドワイトを演じるマーク・ラファロが最高殊勲選手賞の素晴らしい演技を見せていたが、マーク・ラファロならこれくらいできて当たり前な感じもあった。
離婚して、1週間に1度しか会えない息子への想いがあり、自首する勇気を持てない劣等感の固まりのような人物像を作り上げていた。
後半は自分の育った環境についての説明的なせりふが増えた。
ホアキン・フェニックスが復讐心に燃える男を熱演していたが、銃を手にするまでにエスカレートする過程がちょっと唐突に思われた。
警察の科学捜査でも手がかり不足で発見不可能な犯人を、被害者家族が独自の調査で発見できる可能性の確率はどれだけ低いものかを考えると、不自然すぎる。
息子を教えていた音楽教師(ミラ・ソルヴィノ)が犯人の元妻だったというのも変だったが、元妻に娘がピアノを習い始めるというのもあり得ないことのように思われる。
脚本も演出もいったん引いて、クールダウンする必要があったような気がする。
ひとつひとつの場面を見ると良い映画になりそうな要素があった。
ショーン・ペン監督の傑作『クロッシング・ガード』をもう1度見直した方が良かったような気もした。
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