2007年。アメリカ。"CHARLIE WILSON'S WAR".
マイク・ニコルズ監督。
 トム・ハンクス主演。
 面白い映画だったが、今年見た映画の中でもっともうさんくさい映画だった。巧妙に描かれた物語で、バラック・オバマ氏支持を表明している民主党リベラル派に近いトム・ハンクスが製作・主演を務める映画らしい映画のようにも見える。

 これを見て、2か月ほど以前に見て、異常に退屈に感じたロバート・レッドフォード監督の『大いなる陰謀』が、品格の高い重みのある、すぐれた映画だったことに初めて気づかされた。
 露骨な「選挙に行こう、そして民主党に投票しよう」というキャンペーンのために作られた宣伝映画みたいだと思った『大いなる陰謀』の方が、公平で誠実な作り方のために何か鈍感で退屈に感じられてしまっただけだった、ということが明らかになった。
 それほどに何か品格の劣る醜さがこの映画にはあった。
 民主党リベラル左派的な人々にとっては、この映画は皮肉の強いブラック・ユーモアの物語に見えて、キリスト教原理主義の右翼的な人々にとっては、この映画は行動力のある無名議員の英雄的な物語にも見える、という巧妙さが、うさんくさい印象を強めている。

 ウソのような本当の話という宣伝コピーだったが、ウソのような真実に見せかけたデタラメ話ではないか、という怪しさが全編にただよっているのは、映画が娯楽作品として面白く作られ過ぎているためで、
 アメリカではこの映画の原作について、全部デタラメだと言うジャーナリストも少なくない、と知って、なるほど、しかし映画だから別にウソでもいいんじゃないか、とも思った。
 (当時のアフガン・ゲリラやCIA担当者による、チャーリー・ウィルソンがいかにうそつきか、という証言がここ
で語られている。)

 アメリカは当時ソ連を支援していて、そのことを隠蔽するためにチャーリー・ウィルソンの存在が利用された、という見解には、政治の底知れない闇を見るような気がして、もはやどうでもいい、という気分になる。
 実在のチャーリー・ウィルソンという政治家が、自己顕示欲の強い、うさんくさい人物らしく、本人の写真を見ると、確かにトム・ハンクスのようなクリーンで善人ぽいイメージは全くなく、悪徳政治家そのものの顔をしている。

 『ジェイン・オースティンの読書会』でただ者ではない存在感を見せたエミリー・ブラントも出演しているというので、どこに出てくるのかと思ったら、ゲスト出演に近いチョイ役だった。
 フィリップ・シーモア・ホフマンが怪しさ全開の演技で、CIA局員ガストを見事に演じて切っているので、終わってみれば、フィリップ・シーモア・ホフマンの存在感が他の俳優の印象を全部吹き飛ばしてしまった。
      IMDb         公式サイト(日本)
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 トム・ハンクスがこの映画に自ら出資してまで主演したがった動機も何となくわかるような気がした。自分について人々が抱いている「善良な人」という固定観念にウンザリしていたのだろう。
 あえてうさんくさい政治家を演じることで新しいイメージを作りたかったのかも知れないが、結果的にはチャーリー・ウィルソンという人物が、酒と麻薬と女におぼれていながらも、クリーンでスマートで誠実な人物に見えて、結局、元のトム・ハンクスのイメージのままだった。
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 トム・ハンクスとはぜんぜん似ていない実在のチャーリー・ウィルソン氏だが、若い頃の写真はハンサムでカッコいいが、うさんくささとアクの強さはあって、トム・ハンクスが望んでも得られないキャラクターだったように見えた。
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 主役の座をさらってしまった印象があるフィリップ・シーモア・ホフマンの怪演は、しかし実際にこういう人物がCIAにはいたに違いないと思わせられる説得力もあった。
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 キリスト教原理主義右翼の大富豪ジョアン・へリングを演じるジュリア・ロバーツは役作りはしていたようだが、きれい過ぎる。現在のブッシュ政権にも影響力のあるらしい、イラク戦争を推進させたジョアン・へリングという、キリスト教の言葉で言えば「悪魔」に地球上でもっとも近いのではないか、とも思われる人物の醜く歪んだ心が見えなかったのは、この映画では仕方のないことのような気もした。
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 実際のジョアン・へリングは恐ろしい魔女のようなイメージがある。
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 現在のアメリカに対する皮肉をこめて製作されたように見えて、実際にはそういう点はあまり感じられなかった。
 ソ連兵に対する描写が反共プロバガンダ映画そのものの下品さを持っていたことが、『大いなる陰謀』で描かれた共和党右翼を演じたトム・クルーズの描写にあった誠実さとは大きな差があったことが、二つの映画の大きな格差を感じさせた。
 シルベスター・スタローンの『ランボー 最後の戦場』がいかにまともな映画だったか、ということも改めて感じた。
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