海炭市叙景〜地方でくすぶる人々にこそ真の人間ドラマがある〜 | 大分のご当地アイドルSPATIO/オフィシャルブログ

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海炭市叙景~地方でくすぶる人々にこそ真の人間ドラマがある~

ここ10年ぐらいの間に、一部の日本映画の作り方が変わって来ている。
それは「地方発の地方映画」が増えているということだ。
この「海炭市叙景」も、そんな地方(函館)を舞台にした地方発映画の1本だ。
          
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幻の作家と言われる佐藤泰志の短編5篇をオムニバスにしている。
その5篇とは、(MovieWalkerより)

その冬、海炭市では造船所が一部閉鎖され、大規模なリストラが行われた。颯太(竹原ピストル)も職を失った1人。大晦日の夜、妹の帆波(谷村美月)と2人で寂しく年越しそばを食べて年を越す。小銭を集めて初日の出を見るために山に登ることを思い立つ2人。しかし、2人で帰りのロープウェイに乗るお金はなく、颯太は歩いて山を下りることに……。

70歳になるトキ(中里あき)は、道路沿いの古い家に住んでいた。地域開発のため、周辺の家は次々と引っ越し、残るのはトキの家1軒だけ。市役所に勤めるまこと(山中崇)が立退きの説得に来るが、トキは断固拒否を貫く。そんなある日、飼い猫のグレが姿を消してしまう……。

比嘉隆三(小林薫)は、プラネタリウムで働く49歳。帰宅すると妻の春代(南果歩)が派手な服装で店の仕事に出かけて行く。中学生の息子は全く口をきかず、ひとり寂しく夕飯をとる隆三。ある日、春代が朝まで帰らず、腹を立てた隆三は妻を問いただすが、それは互いの距離を一層遠ざける。ある晩、隆三は仕事を辞めさせようと、春代の店に車を走らせるが……。

父親からガス屋を継いだ晴夫(加瀬亮)は、事業がうまくいかず、苛立ちを募らせていた。再婚した妻の勝子(東野智美)は晴夫の不倫に気づき、嫉妬心から晴夫の連れ子、アキラ(小山燿)を虐待する。ある日、晴夫が帰宅すると、アキラの顔には殴られたようなアザが……。

長年、路面電車の運転手を務める達一郎(西堀滋樹)は、仕事中に息子の博(三浦誠己)を見かける。東京で働く博は仕事で地元に帰っていたが、父親とは会わずにいた。翌年、お墓参りで一緒になった達一郎と博は、バスに揺られて数年ぶりの短い会話を交わす……。

人々の間を路面電車は走り、その上に雪が降り積もる。
誰もが失ったものの大きさを感じながら、後悔したり、涙したり……それでも生きている。海炭市で起きたその冬の出来事は、私たちの物語なのかもしれない。

ドラマとして観ると、実に何も起こらない。
重く立ちこめた雲の下、北海道の一地方都市でくすぶって(そうまさにくすぶって)生きる人々の何でもない日常をただ淡々と描いているだけだ。

しかし、まるでドキュメンタリーを見ているかのような、どこにでもありそうな、つまらない人々のつまらない日常の中にこそ、真の人間ドラマがある。

ラスト近くに出て来る「路面電車」が象徴的だ。
決められた路面のレールの上だけを来る日も来る日も、淡々と走り続ける路面電車。決して決められた路線からはみ出す事はない。
スピードを出しすぎる事もない。
新しくなることもなく、ただすり減って年老いていく。
車庫から出て車庫に帰るだけの毎日。

そんな毎日をただ生きている地方の人々。
何をやっても上手くいかない。夢も希望もない。
一発逆転を狙う事もない。
ただ淡々と過ぎていく日々。
大多数の人の人生はこんなものなのではないか。
劇的な事は何も起こらないが、何も起こらない事が、実は人間のドラマなのだ。
ここにこそ人間がいるのだ。

この物語は、昨年絶賛された「悪人」にも酷似している。
あちらは九州の一地方都市でくすぶる男女の物語だ。
あの中で深津絵里が言うセリフ。
「その道を曲がったところに私が通っていた高校があって、すぐ近くに中学校があって小学校がある。そしてこの国道沿いに今の職場がある。考えてみたら私の人生って、この国道沿いにしかないとよ。」
そう彼女もまさに「路面電車」のような人生を送っていたのだ。

「悪人」の方は、些細な事から殺人が起き、逃避行という劇的な展開があるが、根底に「地方でくすぶる人々の哀切」があることに違いない。

そして偶然にもラストシーンが「昇る朝日」であることも印象的だ。
こんなにどうしようもない人生だけど、それでも「日はまた昇る」のだ。