2010年夏興行を振り返る



昨年以上の夏の興行



掛尾: まず今年の夏興行に関して話したいのですが。前年対比でどうでしょうか?



大高: 良いでしょう。例えば、八月の興行収入を見ると、TOHOシネマズだけで15%以上、アップしてい

る。もちろん全部がそれほどのアップとは言えないんだけども、八月だけで見ると、10%以上は良いみたいだ。近隣にシネコンが出来た所でも、昨年とあまり変わらない所が結構多い。



掛尾: しかしTOHOは、これからしばらく「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」と「借り

ぐらしのアリエッティ」を切れないから、ちょっと息切れ気味で辛いですよね。



大高: ただ切れないにしても、特に「踊る~」に関しては、プリントだけ用意して、どういう形で上映する か。この9月中旬段階では数字上がらなくなってきているからね。だいたい今9/12現在で71億円。ここから5億以上行くかって言うと、それはちょっと難しくなってきている。75億円以上は難しいということです。 まだ「アリエッティ」の方が「踊る」よりも上映回数も館数も当然、多いわけで、9/12現在の段階で86億5000万円なので、90億円は行くだろう。


掛尾: 「アリエッティ」を上映しているスカラ座は年末ぐらいまでの予定だろうから、やっぱり90億円台半

ばぐらいまではいきそうですね、100億までは厳しいかもしれない。


大高: じゃあ、その86億円が、10億円プラスになるのかというと、それは難しい。


掛尾: 「トイ・ストーリー3」は9月中で切っちゃうんでしょ?


大高: 「トイ」に関して言うと、9月10日にDVDの発売日の告知があったんですよ。発売は確か11月の上

旬だったと思うんだけど。その告知前日の9月9日段階で、TOHOシネマズは「アリス・イン・ワンダーランド」の時と同じように、上映を中止している。もちろんTOHOシネマズ以外で上映している館数はまだあるのだけれども、ここから飛躍的に伸びるかと言うと、もそれは難しい。新作の「バイオハザード」とか、次の3D作品も出てきている訳だから、「トイ・ストーリー3」は最終的に105億から107億円ぐらいだろうと、言われている。


掛尾: その3本をみると、「トイ~」に関しては、期待通りですかね 。


大高: いや、期待以上でしょう。どう考えても、期待以上ですよ。何故かと言うと、前作は34億5000万円

を記録していて、その3倍になっている訳だから、この飛躍はすごいですよ。


掛尾: 「アリエッティ」に関しては、「ゲド戦記」の76億5000万円と比べてみたら、あの数字は十分と考え

ているんでしょうかね。


大高: でもジブリとしては、「トイ・ストーリー3」というピクサー作品が出ている訳だから、当然それを上回

って、100億円っていうのが一つの視野としてあったと思うんだよね。だけど今回は「トイ・ストーリー3」が強すぎたね。


掛尾: まあね、やっぱり3Dの効果が絶大ということでしょう。


大高: 逆に、「アリエッティ」がなかったら、「トイ・ストーリー3」はもっと行ってたとも考えられる。喰い合っ

ちゃったんだよね。ハイレベルの喰い合だけどね。別の言い方をすれば、「トイ・ストーリー」がここまで来た、ということにも関らず「アリエッティ」が90億円を超えてくることのほうが、たいしたものだ 

と思いますけどね。


掛尾: 二本の作品が同時に当たるときはさ、喰い合いと言うよりも、相乗効果になることが多いじゃない

ですか、映画ってね。すると両方同時に100億円ぐらい行くかなっとも思ったんだけどね。


大高: でも、この二本だけじゃなくて「踊る」もあり、となってくるとね、どうしても数字がばらけるよね。


掛尾: まあね。


大高: ただ、1本だけが頭抜けた1本かぶり現象にならなかったことは、今夏の興行で特筆していいこと

だと思う。去年の夏は「ハリー・ポッターと謎のプリンス」がトップで80億円ぐらいで、100億円を超えている作品は一本もなかったものね。


掛尾: 結局、ジブリアニメって言うとね、宮崎さんの場合は100億円を楽々と超えると言う実績がある訳

だし、「踊る~」も前作の173億円って言うのが前提に合ったから、それから考えると、ちょっと期待が大きすぎたって言うのがあるよね。


大高: 「踊る」はやっぱり、足りないでしょうね。もっと上を見ていたでしょうし。もちろん70億円もいけば大 したもので、去年の「アマルフィ」(36億5000万円)と比較すれば、倍いってる訳ですよ。だから、素晴らしい成績なんだけれども、でもあまりに1作目、2作目の成績が良すぎた。フジテレビとしてはこれは、反省材料というのが残ったんじゃないでしょうか。反省材料というよりも今後のフジテレ ビの映画戦略をどうしていくかということでしょうけどね。


掛尾: 映画戦略については、他の局に比べてフジテレビはいろんなことに挑戦したけど、その結果がま

だ出てないというところですね。僕は、その挑戦を、「サイドウェイズ」などからの評価したいと思っているんですが、やっぱりなかなかテレビ・ドラマの映画化しかヒットしないという壁をまだ打破できていないですね。


大高: 確かに昨年から「ヴィヨンの妻」ナドをはじめとして、いろんなことをやっているのは間違いない。た

だ、結果は出ていないと思う。


掛尾: 「カラフル」もそうですね。「カラフル」は僕も期待してただけに残念でしたね。


大高: 「カラフル」は、公開時期をもう少し考えたほうがよかったと思う。作品がひしめいている夏興行後

半という時期は、果たして正解だったのか。


掛尾: 残念だけど、こういうチャレンジを諦めないでほしいね。


大高: 狙いは良いんだけれども、やっぱりまだ熟成していないというか、企画力がね。もちろん、1年、2

年で結果はでませんよ。


掛尾: やっぱり日本テレビ、ワーナーの「サマーウォーズ」があったから、どうしても比較してしまいます

ね。


大高: ワーナーには「サマーウォーズ」の後に、今年は「銀魂」というアニメがありましたが、あれは10億

円超えましたからね。ワーナーのアニメには、なかなか底力がある。


掛尾: あと「インセプション」が30億円超えましたね。


大高: 「インセプション」は37億円前後まで伸びましたから、これは大健闘じゃないですか。上映委員会

を作って100億円を超えたいという目標はありましたけれども、現実的な数字からいっても、30億円超えてきたっていうのは、これはたいしたものですよ。


掛尾: 僕としては、映画の内容も、すごく気に入っているんだけども、クリストファー・ノーランの映画の作

家性が強く現れたところが、逆に大衆性を損なってしまったと思う。それが、このような結果になってしまったような気もしますがね。それでも「ダークナイト」を大幅に上回ったことは、宣伝もがんばったと言えるでしょう。


大高: やっぱり渡辺謙の興行的なインパクトが強いんだと思いますよ。ディカプリオはサブですね、「イン

セプション」の興行展開では。


掛尾: でも、やっぱり映画ファンを楽しませてくれましたよね。またあと「ソルト」ですが、一応、20億円は 

超えそうです。


大高: 20億円を超えて22億円ぐらいですが、スタート時点では、30億円も視野に入った。しかし、アンジ

ェリーナ・ジョリーの作品としては「トゥームレイダー」あたりと比べると、ちょっと失速したよね。


掛尾: でも今どき、洋画で20億円超えるっていうのは、そんなに無いから。


大高: 去年、一昨年あたりから続いてきた若い観客の洋画離れっていうのが言われてましたけど、「イン

セプション」みたいな、ちょっと今までのハリウッド映画とは毛色の違う作品がでてくると、関心は明らかに増すというのは、分かりましたね。「ソルト」も、元々日本でアンジェリーナ・ジョリーが人気あるということもあって、底力を見せたと思う。「ベスト・キッド」もこ、10億円いかないような結果が出てしまう映画だったかもしれないのに、15億円を超えてきたということは、ちょっと風向きが変わってきたかなと思う。


掛尾: ソニーもここまで期待していなかったと思います。


大高: そうだと思いますよ。これは健闘の部類だと思います。ちょっと毛色の変わった、中身の伴った作

品でエンタテインメント性が兼ね備えられている作品なら、ちゃんと観客は来るというのが、少し見えてきたのかなと思える結果ですよね。


掛尾: ジャッキーもアンジェリーナ・ジョリーと同様、今までの実績もありますしね、「ベスト・キッド」という

認知度も合わさって、そんな大きい数字ではないですけどね、夏の家族連れには安心できる映画として観客に届けられたんじゃないですか。


大高: ここ1~2年、10億円を超えられない作品が、洋画の場合はたくさんあったんですけどね、それが

20%、30%上乗せになっているのかな、と思いますね。



テレビ局がかかわらない作品をヒットさせ た東宝の底力




掛尾: 夏前の「告白」と、夏の後になりますが「悪人」とありますが、テレビ局の挑戦が、まだ熟成してい

ない、軌道に乗らないと言う所で、東宝がテレビ局と組まないでやったこれらの映画が、質的にも興収的、観客動員的にも、結果残したという、映画会社の底力というのを見せつけましたね。


大高: これは、今年の最も興味深い現象のひとつだと思いますよね。東宝はこれまで、テレビ局頼みで

10年以上配給事業を行ってきたところがあったじゃないですか、自社でも作ってはいたんですが、中々クオリティムービーができなかった。それが、先ほども言いましたが熟成という、映画会社で長年培われてきた企画能力、製作能力が、若い人たちに引き継がれて、だんだん花開いてきたんだと思う。やっぱりこれは、伝統じゃないでしょうかね。


掛尾: 伝統と言うより、「踊る大捜査線THE MOVIE」(98)1作目以降、調整部や映像制作部という制作

部門が経験を重ね、90年代前半までとは違う人材、組織が機能するようになり、それがこの数年に開花したというように感じます。プロデューサーというのは、個人技に走りがちなんですが、高いレベルで均一化した人材が情報、企画を共有し、組織として機能しているように見えます。そこで、若い人たちが「電車男」、「デトロイトメタルシティ」とか、開発する能力を高めていたように、思うんですよね。


大高: なんか一巡したような気がしますね。ぐるっと回って、映画の大切な部分が分かる人が、増えてきたような気がします。


掛尾: 特に「告白」では社内的にはそうとう議論があった結果、最終的に高井社長自身がゴーサインを

出したと聞いてます。社長の映画に対する想いがあるというのが強く感じられますね。


大高: 映画がちゃんと分かる人が、会社のリーダーであるということですね。これが、とても大切なんで

すよ。


掛尾: 「午前十時の映画祭」があるじゃないですか。やっているのは一般社団法人 映画演劇文化協会

なんですが、実質的に東宝内部に映画祭事務局があるのですが、こういう事ができる、東宝の会社としての余裕と、映画に対する想いがあったことによって実現できることをね、一人勝ちと言ってばかりいないで、ちゃんと評価しなければいけないと思いますよね。


大高: そういう所まで視野を広げる事ができる、それが会社の体質になってきたことは、間違いないと思

います。


掛尾: 東宝は一方で、「食堂かたつむり」であるとか「ダーリンは外国人」とか、小さいプロダクションの

作品もやって、なかなか結果出せなかったこともあったじゃないですか。しかしやっぱりそれがあったことが、今の実績になってると思うんですよね。


大高: 東宝は、年間30何本と作品を配給しているじゃないですか、その中で成功するものも成功しない

ものも当然、出てくる。この会社の強みは、成功しないものに関しては反省点を見つけ出して、次に活かすことを克明にやっている所ではないでしょうか。ダメなものはダメな原因がある訳だから、次回はその轍は踏まないということを、ちゃんとやっているようですよね。


掛尾: それは僕が聞いている限り、ストーリーの分析であるとかいろいろ、やっているみたいですよ。


大高: 本来それはどこの会社もやらなきゃならないことなんですが、それが中々会社の体質を含めて出

来ないようなこともある訳ですよ。


掛尾: やっぱり失敗作を語ると、誰かの責任問題と言うことになってしまったりして、傷口に塩を塗り込むようなことにもなりかねないんですよね(笑)。


大高: マイナス思考に本来はなってしまうことは、確かにありますね(笑)。それが東宝の場合は、何と

いっても余裕がありますから、失敗作を失敗作として客観的に受け入れられるということでしょう。余裕のない会社って、客観的に失敗作分析できなくなる。ただこれを冷徹にしていかないと、会社が立ち行かなくなる。


掛尾: そういう意味では、東宝の中でも当たり外れはありますからね。



興行収入に併せて観客動員数も発表する必要がある



大高: それとやっぱり公開中の「海猿」がそうであるように、やっぱり3Dだよね。なんといっても一番大きなトピックは。この前ちょっと単純に計算してみたんだけど、「トイ・ストーリー3」の客単価って1,500円台なんですよ。通常の1,200円台ぐらいの客単価と計算すると、だいたい興収で15億円から20億円ぐらいプラスになっているんですよね。


掛尾: 僕も今回のキネ旬本誌の連載で書いてるんですけど、「トイ・ストーリー3」が110億円弱ぐらいじゃ

ないですか。すると、もし仮に「アリエッティ」が97億円ぐらいいくと、動員は同じになってしまうんですよ。その場合、どっちを興行トップにするのか、という問題がありますね。


大高: これは面白いんだけどね、興行通信は、動員を興行ランキングの基準としているんですよ。だから 「トイ」よりも「アリエッティ」の方がチャートの上位にきていることの方が多い。動員だと「アリエッティ」が上位になる週がけっこうあった。


掛尾: 特に最近は、シニア割引とかいろんな割引があるから、興収では正確なものが測れないと思って

います。だから興収と合わせて、観客動員数も、年末の映連なんかで発表してほしいですね。


大高: まあしかし、興行が3Dの効果で単価が300円上がっているっていうことは、コンセンサスのとれたことですし、参考資料として動員というデータもこれから必要になってくると思いますね。


掛尾: またそれと過去の作品と比較する場合でも、客単価が変わってきている中、興行収入じゃ比較し

にくいこともありますが、これが動員数の発表があれば、比較もしやすくなってきますよね。


大高: そうですね。10年以上前は配収という、配給会社の取り分の成績で言っていたんですが、興行収入の発表になって、ある程度はオープンになってきましたよね。前は、配収って、なんだよって感じでしたからね。だから今後は、動員という部分を明らかにしていってもいい気がします。


掛尾: 話はまた変わりますが、「アバター」、「アリス」、そして「トイ・ストーリー3」ときました。100億円超

えたのは、この3つの3Dばかりで、「トイ」も3Dでなければ、こんなに行ったかどうか分からないですよね。これからますます、3Dと言う要素は重要なものになっていくということですが。


大高: しかし当たらない3D映画も出てきますよね。なかで、「ヒックとドラゴン」は残念だった。あれだけクオリティが良いと評判になったのに、10億円に届かない。


掛尾: そういう中で大手配給以外ますます、厳しくなってきましたね。今年でいくと、健闘したのはアニメ

ですが「涼宮ハルヒの消失」。これが8億円ぐらい。あとそんなに大ヒットではないですけど3億円ぐらいいったギャガの「オーケストラ!」こういった単館ロングな作品が、ちょっとヒットしている、といった感じですよね。


大高: 今上映されている「トイレット」というがあります。あの「かもめ食堂」荻上監督の作品なんですが、

かつてのような動員力がないですね。もちろん健闘はしているんですけど。彼女が描く世界は、女性層の気持ちを確実に捉えてきただけに、ちょっと惜しい気がしている。


掛尾: ちょっと似たような、あの空気感に飽きがきているのかも知れないですね。


大高: 観客の変化をしっかり読みとることも必要ですね。


掛尾: しっかりした作品を作っていけば、これから公開本数が少なくなってくると、単館ロングがまた出来るようになってくるかもしれないですね。


大高: 分かり易いものが良いと思いますよ。
掛尾: 特に単館系の作品はね。「瞳の奥の秘密」は、先日、日比谷シャンテに行ったんですけど、完売

で入れませんでした。再挑戦で見ましたが、そのときも入ってましたね。


大高: ああいう作品は、大宣伝している訳ではないんだけど、ちゃんと伝わってますよね。私はシャンテ

で映画を見てて、いつも思うんだけど、最近の番組はすごい連動性がありますよ。予告編を観ててもそう思いますね。固定客がかなりいるのを感じますよ。岩波は別格として、シャンテとル・シネマ、ユーロスペースあたりかな、今それがかなりできているのは。


掛尾: 僕もずっとシャンテで観てるんですけど、「マイレージ、マイライフ」を見ると、予告で「クレイジーハ

ート」が上映され、やはり「クレイジーハート」も見てしまう。


大高: つながっていますよね。「瞳の奥の秘密」なんかもそうだし、「闇の列車」もそうですよ。もちろん大

ヒットではないんですけど、その流れの中である程度の堅調な成績を上げている。


掛尾: だから、そういう意味では、単館は厳しい厳しいと言われてましたけれども、それは本数が多かっ

たからで玉石混交としていたからだと思うんですよ。だからここにきてね、本当に良質なものしか、残らなくなったと思いますね。


大高: だから今、ネット含めて情報量って速いし多いから、面白いか面白くないかが、すぐ一斉に広まっ

てしまう。だから映画の中身が、レベル以下のものは、ハナから勝負できない。だから、配給会社が宣伝では観客を騙せない、という現実になっている。


掛尾: それがこの2年ぐらい、特にビデオ、DVD市場の縮小から、DVDで収支が合わなくなって来たとい

うことで、配給本数が激減を始めましたよね。結果として、劇場で上映する作品がなくなってきたということで、渋谷のミニシアターの閉館が増えたっていうのも、今年の夏までの特徴でもありますよね。


大高: そうだね。ま、ちょっとミニシアターが多くなり過ぎたと言うのもありますよね。いろんな事情が興行会社ごとにあるのは分かるけどね。でもシネマライズみたいに、一回原点に戻る。前の映画館にはライブハウスを造るっていう、ある種の、相乗効果だよね。文化の拠点化と言ってるんだけど、映画音楽、いろんな文化の連動性の中で、ミニシアターを位置づける。ユーロスペースなんかもそうなってきた。同じビルに入っていたシアターTSUTAYAが撤退すると、今度は映画美学校のような、製作にも関心のある若手に門徒を開こうとする。


掛尾: これに関しては京橋の再開発でね、美学校の入っていたビルが取り壊された結果で、シアター

TSUTAYAが閉じた後に入った。ユーロスペース、美学校、シネマベーラが一緒になることで、シネフィルの殿堂のような建物になった。


大高: そう、まさにシネフィルってことだよね。結果としてどうなるかは分からないけれども、こうやって色

を出していかないと、ミニシアターもこれからはやっていけないよね。そういう時代になっている。作品も重要なんだけれども、作品プラスアルファーの拠点的な位置づけ、文化の、そういうものを求めて若い人が集まってくるような空間にならないと、ミニシアターも立ち行かない状況になってきていますよね。


映画は映画館で収支を合わせなければならない時代に戻った



掛尾: そういうことがあって、映画って言うのが、僕はビデオ時代の前に、また戻ってきたと解釈しています。やはり映画はある規模以上のものでないということです。


大高: 実に興味深いことですよね。映画事業は、劇場収入が悪くなっているなかで、ビデオ収入によっ

てある種生き延びている。それが、80年代90年代の収益モデルになった。しかし近年になると、パッケージがだんだん先細る。あとネットの映像配信というのももちろんあるんだけど、なかなか収益が見込めない。そんな今、映画興行がどうなっているかって言うと、今年に入ってみると、夏の興行を観てもそうだけど、昨年より10%ぐらい上がってる。そうすると単純に考えて、300億以上前後の興行収入がプラスあると想定できる。これは非常に面白い現象じゃないでしょうかね。


掛尾: つまり、映画全体の収支は、以前は、劇場が5割から3割ぐらいで残りはみんなパッケージだったのが、逆に劇場で当てないと、映画は収支が合わなくなってきてしまったっていう状況になりつつあります。劇場のマイナスをパッケージで補ってきた作品は淘汰されてきて、一方で市場規模は微増してきている訳だから、そこに勝ち残った作品は、映画として成立するものしかなくなってきますよね。


大高: だから、パッケージで補う、みたいな考え方は、もうこれからはダメなんですよ。はっきりと最初か

ら劇場で勝負しないといけない。それぐらい現状は厳しくなってきている。そうなると、さっきも言ったように作品のクオリティが、大事になってきますね。観客が満足する作品を作らないと、勝負は出来ないってことになってくる訳です。それとシャンテなんかみても、やっぱり年齢層高いじゃないですか。ああいう人たちが映画館にスムーズに来られるような、映画を観る環境の連動性というものも作っていかないとね。


掛尾: 90年代にコーエン兄弟とか流行って、シネマライズが若いカルチャーを作っていってた頃もあった

んだけど、21世紀にそれが出来なかったのは、若い人たちが、映画から携帯へ、とか違う方向に行っちゃったっていうのもあるだろうけど、映画文化が発展しなかったよね。


大高: ライズとル・シネマの客層の違い、こういったものをやっぱりちゃんと見るべきだろうね。


掛尾: そういう意味では、ル・シネマは東横線沿線のマダムたちをターゲットにし、固定客を作ってるし…。


大高: シャンテはどのあたりから来ているかは分からないけど、東からも西からも年配層が集まっていますよね。いつもあそこの入り口を見てると、結構賑わってるよね。


掛尾: そして、今後来年に向けて映画館がデジタル化して、ますます映画業界は変わる時の中で、劇

場のデジタル化、3D化への変化についていけない劇場も、あるかもしれない。それから、邦洋とも大手はプリントを作らないで、デジタルで出すという変化をしていった時に、興行側がデジタルに対応できないと、淘汰が始まっていくのかなと思いますね。それと、パッケージビジネスの縮小が、今年は会社の人員削減につながってきた、というのが今年の大きな特徴でもありますね。


大高: まさにそうですね。ビデオ事業の縮小というのは今に出た訳じゃなくて、2004年ぐらいをピークにして、06年ぐらいから、こういった形になってきたんですよね。今年出てきた米メジャー系の希望退職の現状だとか、インディペンデント系の事業縮小だとか、今年のシネカノン、去年のムービー・アイ含めてね、今言ったパッケージビジネスの縮小というのは、大きな影響を映画事業に与えしている訳ですよ。だから、会社の中での組織改革みたいなのが、必要とされているんだと思いますよ。


掛尾: 確かに、ホームエンタテインメント系の人材は、流通商品ということで、今まで違う商品を扱ってい

た人が結構入ってきて、映画という作品も他の商品と同じように、価格を乱暴に値付けしていたころも、見受けることもありましたよね。そういう傾向を、遠くから見ていても、あまり好感は抱けませんでした。さっき東宝の人材が開花したという話しともつながるですが、彼らは大学出てから定年なるまで、一生映画の仕事をするつもりで取り組んでいる訳だけれども、たまたま転職してきて、この業界に長期間いるつもりが特にない人たちが、在籍期間中だけ結果残そうって思ってやっているのが、見え見えだって言う人もいるじゃないですか。そこでバナナの叩き売りみたいな値付けの仕方しているのを見ていると、今の状況見て、これはそうした結果だとも思いますね。


大高: そうだよね。そうしてきた結果が出たってことだと思う。


掛尾: もうちょっと、映画というものを2次利用といえども大切に扱えば、こんな風にはなってなかったと

思いますよ。


大高: 今、3Dで単価上げている。ありえないじゃないですか、他の業界で。300円も上げている。今度

400円になるっていう状況でですよ(笑)そんな中でもお客さんは、今後どうなるか分かんないですけど、ちゃんと料金を払って、わざわざ映画を観に来ている。お客さんが確実に増えた訳ですよね、今後はもちろん分からないですけれどもね。これは劇場で映画を観ることの特異性ですよ。だから配給やっている人たちは、もっと自信もってね、ビデオの業界の人たちに対しても、もっとイニシアティブをもって取り組んでいくべきじゃないでしょうかね。組織が逆になっている会社もある訳ですよ。ビデオの方が上になっている。


掛尾: それはね、ビデオの方が売上を支えてきたという時期もありましたからね。


大高: もちろんそういう会社もあります。ただ、今まであまりに、ビデオの人たちと、映画配給やっている

人たちが、断絶しすぎていたのが問題なんだよ。


掛尾: 映画というのが、特殊で、若い頃から映画を観続けている人たちが、当然映画会社にいて、それ

で普通の人は知らない監督名から、脚本家名まで、こだわりながら取り組んでいる訳で、それは

出版社でも新聞社でもみんな同じな訳じゃないですか。一方で、二次利用の方はそんなことにこ

だわっていたらビジネスにならないという風潮がありました。


大高: そのあまりの落差。これがあり過ぎたよね。だから、なかなか融和ができずに、分裂したり、いろ

んな所で確執があったり、それがやっぱり映画とビデオDVDの連動性ってものに繋がらなかったんじゃないかな。DVDがなくなるとか、パッケージが全くなくなるとう訳ではないでしょうけど。


掛尾: 消費者なめていたってことですよね。半年待てば、定価で売っていたものが3枚まとめて3,000円

とかさ、そんな状況ですもん。


大高: レンタル、ほんと今100円とかやってる訳でしょ。まさにデフレそのものですよね。これでは、行き

詰まりますよね。


掛尾: だからその中で、また話は戻りますが「午前十時の映画祭」で上映する50本の作品は、実はあ

れ48本ぐらいは全部DVDが出てて、ほとんどは名作だから、大きなレンタル店行けばある訳ですよ。それでも、映画館で観るってお客さんがいるんです。


大高: そこだよね、ポイントは。そこをもう一回ちゃんと見るべきだよね。DVDが出ているにも関らず、映画館で上映するとお客さんは観に来る。そうした価値観の素晴らしさを、ビデオ関係者が認識しないと。


掛尾: あれだけ評価されている作品たちですから、なまじ中途半端な新作観るよりもよっぽど面白い。


大高: ビデオとかで観ているかもしれないけど、劇場で観てまた新たに発見したりね。「あ、こんなにす

ごかったのか!」ってね。改めて劇場で観ることの良さを逆に知る。


掛尾: 来年も新しい50本やって、今の50本はまた別の所で上映するということです。こういった所から

映画ファンの裾野を広げていってもらうと非常に良いことなんじゃないかと思いますよね。映画館っていう場の、再認識って言うのが大事になってくるんじゃないでしょうか。あと、また別の話になりますが、ティ・ジョイがバルトでODS(映画以外の映像コンテンツ)やってたじゃないですか。結果よく分かったのは、映画以上のコンテンツは、映画館にかけるものはない、ということだったらしいです(笑)。


大高: ただODSに関して言うと、これから扱う館数は増えてくるから。少し前に上映された、ミスチルのド

キュメンタリーなんて、スタート2日間で1億円の興収を上げてしまう。でも、宝塚だとか、浜崎あゆみの3Dだとか、全部がヒットしているかと言うとそういうことではい。ODSは、まだ未知数的なことも多いんですね。


掛尾: 同様に、今はデジタル化されていないけど、小さい劇場はデジタル化されてくると今度は、かける

ものがないから、ますますODSの上映に流れは行ってしまうだろうとの考えですけどね。今でももう、かけるものがないことによって、映倫審査に通過していないものが結構どこでもかかっちゃってるって言うのが、現状ですね。これらもデジタル化がもたらす課題でもありますよね。無署名の作品、みたいなものが増えると言うね。


大高: キネ旬でも、ODS作品がベスト・テンにもランクインすることもコレから出てくるんじゃないですか?(笑)。