平日の最終回、都心の劇場で公開2週目に入った「沈まぬ太陽」を見た。40代以上の男性を中心にかなりの座席がうまっていた。私の後列に50代と思しい4人組の観客が座っていたのだが、予告編の上映のときから、しゃべり続けていた。会話から会社の仲間と誘い合って見に来たことがわかる。本編が始まり、角川映画とクレジットが出ると、“角川映画なんだ”とひとりが呟く。ドラマが始まれば、画面に集中すると思っていたが、彼らのしゃべりは途切れることなく続いた。私や周囲の観客が、彼らに分かるように顔を向けるが、話しは止まらない。諦めた私は、席を移動しようとするが、意外と込んでいて前方しか空席がなかった。おそらく、彼らは何十年と映画館で映画を見ていなかったのだろう。オフィスや居酒屋の感覚で映画館に来ているようだ。

そんな彼らが、映画館に足を運んだのは、飛行機会社の協力を得られないことから、映画化は無理といわれた原作を果敢に実現したその映画を見たかったからだ。逆に言えば、映画製作者の多くは、観客の見たい映画を作ってこなかったということだ。「沈まぬ太陽」は旧大映の徳間康快氏からの積年の企画だったが、そのバトンを受け継いだ角川映画が実現した意味は大きい。巨額の制作費を要したということで、興行収入30億円でも足りないと言われているが、何とか成功して、次に繋げてほしい。

やはり平日(水曜日ではない)の最終回、有楽町マリオンに「カムイ外伝」を見に行った。ピカデリーのチケット売り場に並ぶ行列は、西武デパートの周囲を囲むように繋がっていた。皆「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」のチケットを買うために並んでいる。マイケル・ジャクソンの急死の記憶がまだ消えない現在、2週間限定(その後、プラス2週間延長された)、世界同時公開という、超スペシャルな上映に、やはり映画館に馴染んでいない人たちが多かった。それは、観客が座席を選ぶ今のシステムに慣れておらず、行列が遅々として進まないことからも分かる。こんな光景もしばらく見たことがない。しかし、このまま並んでいると「カムイ外伝」の本編が始まってしまう。係りの人に告げると、9階でもチケットは買えますということで、なんとか本編上映前に滑り込んだ。上映後、ロビーに出ると「THIS IS IT」のレイト・ショーの観客が溢れている。「THIS IS IT」は狙って作れるものではないので致し方ないが、観客は見る価値がある作品として選んでいる。

 マナーの悪い観客は困るが、映画館に来ない観客を掘り起こせる企画はあるはずだ。しばらく前、WOWOWでは、トラックのタイヤが構造上の問題から外れて死亡事故が起きた実話をもとに「空飛ぶタイヤ」というドラマを放送し、日本民間放送連盟賞、ATP賞で最優秀賞、グランプリなどを受賞している。WOWOWがこの企画を実現できたのは、広告収入に依存しない有料チャンネルだからと言われているが、映画はもっと自由度が高いはずだ。今、映画業界は産業構造の大転換、厳しい淘汰の時代を迎えている。ここで、映画もジャーナリズムの一翼を担っているという原点を見据えれば、新たな活路が見出せるはずだ。

(キネマ旬報2009年12月上旬号)