2005年、日本での韓国映画は「私の頭の中の消しゴム」(30億円)、「四月の雪」(27.5億円)などでピークを記録したが、以後、急下降した。そして、日本への輸出に依存したハイ・バジェットの韓国映画産業も苦境に陥った。その後、韓国映画はロウ・バジェット映画に方向を進めた。製作費100万ドル以下の本数は0516本、0625本、0735本と急増し、韓国ではマイナーだったインディペンデント映画が躍進し、多くの若い才能が誕生しつつある。

 今年で10回目を迎えたチョンジュ国際映画祭は、インディペンデント系の映画の紹介、若い才能の発掘に大きな役割を果たしてきた。この映画祭は毎年4月末に、全羅北道の全州(チョンジュ)で開催され、私は第1回目から参加している。1回目では、ポン・ジュノ監督の「吠える犬は噛まない」、キム・ギドク監督「魚と寝る女」が紹介され、私はここで彼らと親しい関係を築いた。当時、新人だった彼らは、今や世界的な監督として成長した。以後、わたしは、毎年チョンジュで、どんな新人監督の作品と出会えるかが楽しみとなった。

 10回目の今年、私が注目したのはシン・ドンイル監督の「バンドゥービ」だ。この作品は、バングラデッシュからソウルへ出稼ぎにやってきた移住労働者カリム(マブム・アロム)と女高生ミンス(ベク・ジンヒ)の恋を描いている。バスの中で、カリムの落とした財布を女高生のミンスが拾った。カリムは必死でミンスを探し、ふたりの奇妙な関係が始まる。韓国人経営者の不払いなど、様々な差別に苦しみながらも働き続けるカリムに、ミンスは韓国社会のマイノリティに対する姿勢を痛感する。やがて、ミンスはカリムに淡い思いを寄せるようになる。チョンジュでは初上映のとき、アブムは、多くの観客から申し訳なかった、ひどいことをしてきた人たちに変わって謝罪を受けたという。国際都市となったソウルで、監督のマイノリティに向ける眼差しは、優しく新鮮だ。映画祭の夜のバーで、マブム氏は流暢な韓国語を話し、みんな彼を暖かく見つめていた。

 オープニング作品として、「ショート!ショート!ショート1」は「ノー・ボーイ、ノー・クライ」のキム・ヨンナム監督をはじめ、10人の新人監督による10作品のショート・フィルムが上映された。キム・ヨンナム監督の作品は、零細企業の社長のもとに未払いの賃金の支払いを求める少女の話し。オフィス用の大きな飲料水タンクを抱えた少女のキャラクターが生き生きとしたコメディで10本の中でも出色であった。他の映画祭が肥大化していく中で、チョンジュ国際映画祭は掲げるテーマ、人材の発掘にしっかりと根ざしている。昨年、紹介されたノ・ヨンソク監督の「昼酒」は単館公開で2万人の動員をしたが、アメリカに上映権が売れたことが注目される。映画祭が発掘した新人監督が育っていく。チョンジュ国際映画祭が果たしてきた役割はとても大きい。

 
キネマ旬報映画総合研究所 所長のシネマレポート



キネマ旬報映画総合研究所 所長のシネマレポート

「バンドゥビ」


私は、この「バンドゥビ」を、和歌山県田辺市の2009年第3回”弁慶映画祭”に招待したが、この作品を見た大森一樹監督をはじめ、映画関係者が絶賛、特に主演の女高生に扮したベク・チニに魅せられ、ぜひ機会があれば起用したいと言っていた。

(キネマ旬報2009年9月下旬号)