中国でのヒットの背景


もう3年以上も前、ジョン・ウー監督によって、中国で『三国志』が超大作として映画化されると聞かされた。そして、その製作に日本のエイベックス・エンターテインメントが出資するという。その情報に、多くの業界関係者は、大丈夫なのかと思った。それは、中国との映画製作には、ビジネスとしては成功例がほとんどなかったからだ。その背景には、現場での映画製作とは別に、脚本の承認を受けなければならないことや、製作に様々な関係部署が係ること、そのプロセスが分かりにくいということがある。しかし、この漠然とした不審には明確な根拠があるわけではなかった。私は昨年の1月、中国の映画産業の調査のために、国家広播電影電視総局電影事業管理局(ラジオ映画テレビ総局・映画局管理局)、中国電影集団公司(チャイナ・フィルム)、映画チャンネル(CCTV6)、中国電影合作製片公司、中国電影輸出入公司などを取材し、映画の製作、配給、興行、テレビでの放送、外国映画の輸入、海外との国際共同製作について聞いた(その記事は「映画ビジネスデータブック2008」に掲載されている)。その話しを総合すると、映画ビジネスはきちんと整備されている。問題はその通りに運営されるかだ。

 「レッドクリフ」についても話しを聞いた。この企画は、中国電影集団公司(中影集団)の韓三平(ハン・サンピン)会長が、投資の呼びかけ、キャスティング、製作、パブリシティなど全てにわたって陣頭指揮をとったという。中影集団の会長という役職は、中国映画製作のトップであり、絶大な権力を持っている。そこで私は、新たな不安を感じた。

それは、ハリウッドで確固たる実績を持つジョン・ウー監督と、中国映画界の頂点に立つ韓三平会長のツー・トップで映画がまとまるのかということである。

 そして私は7月の中旬、オリンピック直前の北京で取材をしていた。それは、中国での「レッドクリフ」の初日、7月10日の1週間後だった。「レッドクリフ」はプリント本数690本、デジタルでは800スクリーンという超拡大公開で、公開1週間で興行収入約2億人民元(30億円/1元=15円で換算)という、大ヒットとなっていた。私は「レッドクリフ」を中影集団本社に隣接する劇場で、日曜日の1回目の上映を見た。大きな劇場に5割程度の入りで、意外にも家族ずれが多かった(北京での映画の入場料金は大人70元=約1000円で、決して安価な娯楽ではない)。英語字幕版の上映で、映画史に残る高みにとどく作品ではないが、逆に、誰もが楽しめる娯楽作となっていたと思う。他のシネコンも回り、観客の方々に聞くと、豪華なキャスト、スケールの大きな映像、特に合戦シーンが魅力的という声が多かった。一方、トニー・レオン扮する周瑜は、中国人には陰険な人物と理解されているのだが、映画では好人物として描かれていること、同様に金城武扮する孔明が若々しく溌剌としていること、“苦肉の策”の語源にもなっている、黄蓋将軍のムチ打ちが描かれていないことなどに強い違和感も感じたという。私はここに、この作品の成功の重要な要素を感じた。ジョン・ウーは、登場人物は実際とは異なることを承知で、『三国志』の国際バージョンを作ったのだ。壮大なアクションと周瑜と孔明の人間ドラマに仕立てあげた。中国の観客は違和感を持ちながらもこの作品を楽しみ、また海外の観客には感情移入できるドラマとした。そして、いわゆる中国人の“常識”に捉われることなく、世界に通用する映画を作るために、韓三平会長をはじめ、中影集団製作陣が、ジョン・ウー監督の演出を高く評価し受け入れたということも大きい。ここでツー・トップの製作の不安は払拭された。これは、『鉄腕アトム』が海外で「アストロ・ボーイ」として映画化されたとき、そのキャラクターの差異にどこまで日本人が受け入れられるかにも通じることである。私は、「レッドクリフ」が娯楽大作として十分に日本の観客にも受け入れられると確信した。問題は、この作品をどのように、『三国志』ファンに浸透させるかということだ。「レッドクリフ」は最終的に3.2億元(約48億円)、推定観客数604万人の興収をあげた。中国映画の07年の年間興収は33億元(495億円)が08年は43億元(645億円)と拡大したが、そこに「レッド・クリフ」の果たした役割は大きいと言われている。



キネマ旬報映画総合研究所 所長のシネマレポート


日本上陸 大ヒット


 「レッドクリフ」は作品として申し分ないが、それでは、日本の『三国志』ファンにどのように浸透させるか。『三国志』の読者層は、映画館にあまり足を運ばない高齢男性層が中心である。「レッドクリフ」を『三国志』とどうつなげるか。しかし、映画のタイトルを「三国志」とすれば、今まで何度も公開されてきた通り一遍の作品として受け取られる。つまり「レッドクリフ」は装いを新たにした『三国志』として差別化することだったので、これにはかなりの力技が必要である。それは、カンヌ国際映画祭での派手なパーティーのニュース、東京国際映画祭のオープニング上映、試写での口コミで着実に浸透していった。私も50代、60代の知人から、この作品について聞かれることが増えたことで、実感できた。そして、11月1日の公開から連続5週間、興行成績1位という大ヒットとなった。しかし、この作品がそれで終わらなかったのは、その後も、観客動員の落ち方が少なく、続映のまま年を越したことだ。公開8週目の年末よりも、正月休みであるが、10週目のほうが観客数は増えている。「レッドクリフ」は「おくりびと」と並んで、日常的に映画をあまり見ない観客を集めてここまでのヒットとなった。


今後に与える影響


 今、中国を中心に香港、韓国、台湾といった国々の国際共同製作が活発に行われている。それは、香港、韓国、台湾が自国の市場が小さいからでもあるが、その流れが、東アジアでの共通した市場を形成することが予想される。しかし、冒頭で記したように、日本は中国との共同製作に及び腰だった。国内市場は大きいものの、日本がアジア市場では孤立していくことも懸念される。そこで、この「レッドクリフ」の成功が、日本映画の国際化の新たな一歩になることを期待したい。


なお「レッドクリフ パート2」は中国では2009年1月8日に公開された。公開規模は前作とほぼ同じで、1月31日まで、興行収入は2.4億元(約38.5億円)、推定観客数525万人を記録している。パート1、パート2を合計すれば、間違いなく中国映画史上ナンバー1のヒットである。そして、このヒットの影響で『三国演義』(三国志)のブームが起こり、関連書籍、ゲームの売上がアップし、京劇「赤壁」も人気が沸騰している。

(取材協力=中影集団・東京事務所)

(キネマ旬報2009年4月下旬号)




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