私のすべてのブログに共通する基本カテゴリーは、「映画の中の小道具」(バリエーションとして「ドラマの中の小道具」も設けた)である。

その代表作となる記事を永久欠番化したいと考え、どの記事にするかと探したが、結婚報道以来、俳優としての好感度イメージが損なわれ続けている感がある福山雅治君の俳優キャリア史上のピークだったかもしれない人気シリーズ「名探偵ガリレオ」の映画化第2作「真夏の方程式」を選ぶことにした。(最近、濫作気味と言われ、Amazonのブックレビューでの評価が急落している東野圭吾さんにとってもピーク作かも…)

 

それにしても、フジテレビの人気ドラマ枠「月9」史上ワーストとなる低視聴率を記録した今年4月クールの「ラヴソング 」を、私は録画して観たもののDVD化することなく直ぐ消去した。

プライドを大きく傷つけられた筈の福山君は、恐らく今も自分がトップスターになった上での恩義を同社に感じているだろうが、まずは、こんなつまらない企画を自信を持って彼にオファーしたスタッフたちが猛省すべきだ。

 

そして、それ以上に万死に値するのが、演技経験もない無名の新人女性歌手を売り出すために主役のキャスティングをゴリ押しし、そのサポート役として魅力の低いキャラに事務所の金看板である福山君を配したアミューズの責任者たちだったと言わざるを得ない。

 

この件についてこれ以上書くと血圧が上がるので止めるが、今回の永久欠番記事は、シネマナビ・ブログに2013年6月30日と翌7月1日に連続掲載した<「真夏の方程式」意味のある小道具と意味のない小道具の混在は、監督と脚本家の思慮不足の表れか=前編><同=後編>一体化したスペシャル版である。

 

 

映画「真夏の方程式」は、湯川と少年・恭平を軸とする、楽しさと苦しさがブレンドした「ひと夏の成長」とこれからの重い意味を持つ「人生の始まり」の物語として見た場合、よく出来た映画と言うべきだろう。


だが、父性や母性とは何か、家族が愛し合うとはどういうことなのかを問うミステリーとして捉えた場合、伏線となるシーンとその舞台裏のシーンの見せ方に腐心するあまり、根幹の部分の吟味をミスした残念な出来の映画と言わざるを得ない。

 

この評価と直結する訳ではないが、細部の演出に拘った割には、原作を超えるような小道具の使い方がなされたとは言い難

原作での取り扱いにも触れつつ映画の内容をメインに整理したい。


なお、小道具の項目ごとに、「意味のある小道具」には、「意味のない小道具」には×、どちらとも言えない小道具にはを付す。


①キッズケータイとペットボトル
冒頭のシーンのキッズケータイとペットボトルの原作での扱いは、ドラマチックナビ・ブログの別記事で紹介した。


映画では、恭平と湯川の座席の位置が対面ではなく1つ離れていることや、最初から湯川が雑誌のパズルに取り組んでいることが明示されるなどの細かい違いはあるが、アルミホイルで包む基本のネタは同じだ。


だから、このシーンの映画でのケータイの扱いに加点することはできない。
また、湯川が電車の中で飲んでいたペットボトルについてはスクリーンに映るだけで、原作小説のように意味は与えられていない。

 

しかし、前半の見せ場となるペットボトルのロケットの発射は、やはり映画で一番印象に残るシーンだった。
いよいよ本番のロケット発射が行われて、恭平のキッズケータイが鳴った時、また口煩い母親からの着信があったかと思う観客が多い筈だ。


そして、湯川が「もう電話に出てもいい」と恭平に告げた時、博士が弟子にケータイを持たせた意味が分かる。

湯川は、自分のケータイをペットボトルの中に入れてカメラの役割を担わせ、恭平のケータイを受像機として利用したのだった。


このシーンの映像は「第三者目線」で撮られているが、それに対して、エンドロールのサービスカットでは「恭平目線」の映像が収録され、意図的に本編映像と変えていることに注意したい
これはこれで凝った作り方ではあるが、精力を注ぐ対象の優先順位が違うのでは言わざるを得ない。

 

②花火
緑岩荘(ろくがんそう)に宿泊した元刑事の塚原正次がガス中毒死した夜、旅館の亭主・川畑重治は庭で恭平と花火を上げていた。
真夏の夜の楽しい思い出になる筈の花火が、少年にとって花火が思い出したくない記憶の発火装置になるのは極めて不幸なことだ。

 

重治は妻の甥を自分の計画のダシに二重の意味で使ったが、その1つが花火遊びを誘ったことだ。
その狙いは、塚原が自分の宿泊部屋にいなかった合理的な理由を作るためだった。
これだけでも、私は重治を許すことはできない。

 

それにしても、もし湯川が地酒の美味しい店はあるかと節子に聞かなくて、2人とも旅館に残っていたら、重治は計画を決行しなかったのだろうか。

 

なお、原作小説の単行本のカバー・デザインとして花火が使用されたが、文庫本では美しい海をバックにした赤い花のデザインに変えられている。

 

③電車のパンタグラフ
映画は、「1998年・冬」のクレジットが入って、15年前の歩道橋というか線路の跨線橋の上での殺人事件のシーンから始まる。
続いて、15年後の玻瑠ヶ浦の海でスキューバダイビングする川畑成実の姿を映す。

彼女が浜に上がってウェットスーツを半分脱いだところで、海岸に沿う道路を母の節子が運転する旅館の車が走り、それに向かって成実が笑顔で手を振るシーンで導入部は終る。

 

そして、トンネルの中で電車のパンタグラフが火花を散らし、「真夏の方程式」のタイトル・クレジットが入って、湯川と恭平が乗るローカル電車が走る本編映像へと切り替わる
予想したよりも一瞬の映像に過ぎなかったが、エンドロールの冒頭でも繰り返される

 

「日本映画magazine」(オークラ出版)のインタビュー(vol.33)で、西谷弘監督は、この映像処理の意図について聞かれて、「文明の象徴としてパンタグラフを選んだのか」という指摘を認めた上で、次のように語っている。

 

(前項で触れたように)「原作小説の表紙が花火だったので、閃光のイメージを踏襲して、文明の象徴の電気とプラスしてみました」

 

私はむしろ、ドラマ版で湯川が謎を解くトリックが閃いた時に視覚化される方程式が踊る映像の方を踏襲したように感じた。
それは、映画「ミッション:インポッシブル」シリーズのオープニング・クレジットのお約束の導火線の発火のイメージである。
さらには、湯川が対峙する殺人事件の殺意の閃光のようにも感じた。

 

④包丁
チョッと不可解な演出は、前半、緑岩荘の調理場のシーンで、専用容器に数本差し込まれた包丁が長めの時間(と言っても数秒)映し出されることだ。
これは何かの伏線のように感じたが、塚原正次の殺害計画に包丁が使われる訳ではない

 

ならば冒頭に登場した15年前の元ホステス殺人事件の凶器が包丁であったこととの関連かと感じた観客がいるだろう。
その事件の凶器は当然、警察が押収したが、犯人として服役した仙波英俊のものではなく、緑岩荘の女将・節子の包丁であったことを示唆したのか。

 

もし現在の成実が包丁を使わないといった演出が行われていたら、その適否について異論があったと思うが、少なくとも明確な伏線にはなった。

 

⑤玻瑠ヶ浦の海の絵×
後半、玻瑠ヶ浦にある仙波の住まいの中に置かれた1枚の絵が映る。
それは、玻瑠ヶ浦の海を描いた古い絵だった。
映画の中では、誰が描いたという説明がないので、家の主だった仙波だと受け取るのが普通だろう。


だが、それだけで彼が玻瑠ヶ浦の海を誰よりも愛していた、この海が開発により破壊されることを誰よりも反対していたと理解しろというのは無理がある。
やはり原作小説のような明確な説明が必要だった。(原作では、仙波の妻が玻瑠ヶ浦の海を深く愛していたことも、ドラマチックナビ・ブログにアップした記事で触れた。 )

 

⑥縫いぐるみ×
自動車メーカーに勤める川畑重治の一家は、東京では社宅に住んでいた
幼い少女の頃の成実が大切にしていたと思われる縫いぐるみの映る回想シーンが登場するが、その縫いぐるみは、今も緑岩荘に置かれている


映画では、しばしば子供の縫いぐるみに重要な意味が与えられるが(例えば、本ブログで永久欠番化した「オブリビオン」に登場した縫いぐるみ)、本作では特段の意味付けは行われていない

 

⑦トロフィー
東京に戻った岸谷美砂は、川畑一家が社宅を出て、どこに住んだかが把握できなかった。
川畑が勤めていた自動車メーカーに問い合わせて、当時の住宅手当の支給関係の書類が残っていないかを調べるという手もあったが、岸谷は成実が通っていた中学に出向く


15年も前の生徒の住所を知っている教師がいる筈はないが、美砂は学校の部屋の一角に飾られたトロフィーを見て、成実がやっていた部活を聞く

そして、同じクラブに所属した当時の友人から緑岩荘に電話が入って、成実は警察の捜査の手が核心に迫りつつあることを知るという演出が行われた。

 

だが、そもそも川畑家の面々は、15年前の忌まわしい事件から逃れるために玻瑠ヶ浦に引っ越してきたのてはないのか。
だとしたら、成実がずっと当時の友人と連絡を欠かさなかったかのような演出には疑問を感じる。

 

⑧カメラ
本作の予告編の中に、連続ドラマ版の第1章「幻惑す」の冒頭、貝塚北署の内海薫が後任の岸谷美砂の紹介のため、帝都大学を訪れた際に登場した加速器のような大型実験施設が現れた。
これは、映画のスタートから50分のシーンで登場した、海底資源の開発を進めるエスネク(原作ではデスメック)が住民説明会の一環として実施した見学会において公開された自立型無人探査艇だった。

 

湯川は、船内にこの探査艇を収容した調査船「きぼう」のデッキで、見学会に参加した川畑成実と出会い、彼女が振り向いた瞬間、カメラのシャッターを押した
湯川は、「いい表情が撮れた」と満足気だが、成実から見れば、無断で撮影された盗撮のようなものである。

なぜ湯川がそんな行為に及んだかは、後のシーンで分かる。


一旦東京に戻った湯川は、相棒の美砂と共に「聖ヨゼフホスピス」という入所型の終末医療施設を訪れる。
看護師が、ロビーで待つ2人のところに車椅子に乗った男(少しでもネタバレを避ける意味で名前は明記しない)を連れてくるが、湯川はその男から話を聞く手土産に、成実の写真を持参したのだった。


彼にとっては、15年前に喫茶店の窓ガラス越しに見た中学生だった成実の今の姿を脳裏に焼き付けることができる、この上なく価値のある写真だった。

 

ところで、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、俳優、声優、CMタレント、ディスクジョッキーなど多くの肩書きを持ち、それぞれの仕事で一流の仕事を続けてきた福山君だが、カメラマンとしての仕事は最近、手薄になっているようだ。

 

⑨ノートパソコン
連続ドラマの最終章「聖女の救済」では、被害者・真柴が田園調布の自宅において彼が社長を務めるエムシステムズの部下との間でテレビ会議を行うシーンが登場した。
その際、使われたノートパソコンが東芝製であったことは、シネマナビ・ブログで記事化したところである。

 

「真夏の方程式」でも、湯川が玻瑠ヶ浦に携行したノートパソコンが大活躍する。
このパソコンがdynabookであったかどうかは視認できなかったが、エンドクレジットの「美術協力」の企業名の最初に「TOSHIBA」が記されていことから間違いないだろう。

 

このパソコンを通して、湯川は、東京の警視庁に置かれた捜査本部にいる草薙や岸谷と、塚原正次のガス中毒死事件に関する情報交換を行うとともに、緑岩荘を経営する川畑家の過去を調べさせる。


そして、前編で取り上げたペットボトル製のロケットを発射する際の軌道データの分析も、このパソコンで行ったのだ。
どうやらこのノートパソコンには、様々なシミュレーション・ソフトやデータが格納されているようだ。

 

映画のタイトルが「真夏の方程式」であるのに、今回の湯川はドラマ・シリーズのように方程式を書くことはなく、自らの頭とパソコンを駆使して真相を知るだけだ。

 

⑩2種類のポスター×
本作には、何枚ものポスターが登場するが、特に意味があるものの1枚が、冒頭、玻瑠ヶ浦の町で開催される海底に眠るレアメタルの採掘調査の説明会のポスターだ。
このポスターで説明会は1日だけでなく、8月21日から31日まで開催されることが分かる。

 

だから、で触れたような見学会も実施され、住民との総括的な話し合いの場も持たれるようで、会期中、東京に帰った湯川が再び玻瑠ヶ浦に戻った際には、緑岩荘は主人の重治が逮捕されたことなどから休業状態となり、湯川だけでなく恭平も、迎えに来た父・敬一と共にホテルに宿泊することになった。

 

もう1枚のポスターは、多くの観客はスルーしても特に問題視したいものであり、それは緑岩荘などに貼られた「玻瑠料理」のポスターだ。
どうやら玻瑠料理は地元だけでなく、東京でもよく知られる海鮮料理のようで、銀座にも専門の小料理屋「はるひ」があった。

 

川畑節子は、そこの仲居として働き、料理の勉強もしたようだ。
彼女は、その経験を生かして、実家の緑岩荘を引き継ぐことになったが、「はるひ」時代に常連客であった夫の重治や元ホステス刺殺事件の受刑者・仙波英俊と知り合ったという設定である。

 

だとすると、今は経営的に苦しくなっていたとはいえ、玻瑠料理を堪能するために東京から緑岩荘を訪れる客も多く、その中には東京時代の川畑家の人たちの様子を知っている者もいる可能性が高い

玻瑠ヶ浦は、節子たちが東京から逃れて身を隠す場所として相応しくないことになる。


もし映画の中で繰り返し、このポスターが登場しなければ、私も違和感を持たなかったかもしれないだけに、過剰な小道具の使用だったと評価せざるを得ない。

 

⑪紙焚きの容器とコースター
登場人物が湯川のことを自分の生殺与奪を握る危険人物と悟る重要な小道具が、緑岩荘の夕食のメニューとして出された海の幸の紙焚き料理と飲み物のグラスを置くコースターだ。

 

その前のシーンで、海岸でペットボトル製のロケットの実験に成功した湯川は、緑岩荘の屋上を見上げて、塚原正次がガス中毒死した原因に気づく。
だが、湯川が何を見たかはスクリーンに映し出されないため、この夕食のシーンで湯川が突然見せた行為の意味を観客は直ぐには分からない


そう、西谷弘監督が観客に対して意識的に仕掛けた重要な伏線だったのだ。

宴会場を兼ねた大部屋で、湯川は恭平と膳を突き合わせて一緒に夕食の料理を食べる。
膳の上には、玻瑠ヶ浦の海で獲れた海の幸を煮る紙焚きの容器が置かれている。
湯川は、科学の授業の延長戦として、なぜ器として使っている紙が燃えないのかを恭平に問う。


中に出し汁が入っているから、それがなくならない限り大丈夫だという湯川の説明に対して、恭平は、手っ取り早くその事実を確認するため、コップが置いてあったコースターを濡らして、炎の上に直接置いた

 

すると、本来、科学的な裏付けの正さを実証する行為であるにも拘わらず、怒ったような顔をして、湯川は箸でコースターを撥ねた
当然、不服そうな顔をする恭平だが、部屋の隅でその様子を見ていた人物が顔色を変える


そう、湯川が単なる宿泊者ではなく、塚原のガス中毒死のトリックを見抜いていることを、犯人が思い知った瞬間だった。

そして、その意味を映画のラストで恭平も気づくことが、ドラマの結末としてより重要である。

 

⑫共済組合のカード
緑岩荘の浴衣を着て、海岸の岩場に落ちて死んでいた男の身元確認のため、地元警察の刑事たちは、旅館の彼の宿泊室を調べる。
「虹の間」には手荷物のバッグが置いており、彼の身元は、刑事物のドラマや映画でよくある「運転免許証」ではなく、「健康保険証」のカードで分かった。

 

そのカードは警察共済組合のもので、被害者が自分たちと同業者であることを知った刑事たちは、直ぐ東京の警視庁に連絡し、草薙は上司である捜査第一課管理官の多々良(永島敏行・スピンオフドラマ「ガリレオXX 内海薫最後の事件 愚弄ぶ」で登)に呼ばれて特命を受け、彼は旅館の宿泊名簿に湯川の名前を見つけて、岸谷に下請けさせるという流れである。

 

被害者・塚原は1年前に警視庁を退職していたという設定だが、公務員や大手企業など、健康保険組合を独自に運営している団体では、退職後2年間は任意で健康保険組合員として残ることができる(その方が前年の所得額で保険料が算定される国民健康保険よりも遥かに自己負担額が少ない)から、塚原も、その組合員証となるカードを持っていたということだろう。
だから運転免許証で住所が分かるよりも速く、警視庁がフォローを始めることができたという訳だ。

 

⑬電話帳の切れ端
また、退職後の塚原の行動が、自分が担当した荻窪の歩道橋殺人事件の犯人とされた仙波の刑務所から出所後の行方を掴むことであったことが分かる。
そのために、住まいを持たない仙波が安宿やネットカフェなどを転々としていたのではないかと推理して、そうした場所を塚原が訪ね歩いていたことが彼の残した物で裏付けられた。


それが電話帳の切れ端だったが、今度は美砂が塚原と仙波の写真を携えて、ネットカフェなどを回るが、塚原が来たことしか確認できなかった。

映画では、この美砂の地道な捜査の様子を詳しく描くよりも、東京時代の川畑家の面々や仙波の背景などをもっと見せて、最初の殺人事件が必然性を持ったものであることを観客に伝えるべきだったと感じる。

 

⑭抜き取られた1枚の写真
原作では、川畑節子が仕方なく、その男に乞われて渡す1枚の写真が、元ホステスの三宅伸子が命を失う原因になる。


目撃者がいたバーでのその男と伸子との諍いは、男が財布の中に入れて肌身離さず持っていた大切な写真を伸子が見てしまったことで起きたものだった。
「蛇の道は蛇」の譬えどおり、伸子は、節子と赤ちゃんが写っている写真を見ただけで、彼と節子の関係に気づいた。

 

この設定については、映画も原作を踏襲しているが、男がその写真を手に入れた経緯は異なる
映画では、美砂が東京での捜査の一環として、節子が働いていた銀座の小料理屋「はるひ」を訪れた際、店主から見せられた古い写真のアルバムになぜか1枚だけ写真が抜き取られた跡があったからだ。

 

男は、馴染みのその店に来た時に、自分にとって掛け替えのない価値を持つその写真を奪わざるを得なかったということだろう。
そう、この写真こそ、湯川が今回の事件の謎と秘密を暴く重要なピースだったのだ。

 

⑮実験データの解析図
で触れたペットボトル・ロケットの何回もの発射軌道のデータは、プリントアウトされて、原作と同様、映画のラストで父親と自宅に帰る恭平に湯川から渡された

緑岩荘に宿泊していた時に、夏休みの宿題のうち課題研究のレポートに困っていた恭平に対して、湯川はペットボトル・ロケットを題材にすればいいとアドバイスした。

 

そのための資料として、湯川は恭平の未来に対する餞の意味も込めてプレゼントしたと考えるが、もちろん小学生が解読するには難しい内容である。

そんなデータをそのままレポートに付ければ、学校の教師は驚くだけでなく、本当に自分で実験したのかと疑うだろう。


だが、そんな突っ込みは映画の本筋とは関係ないのでスルーすべきだ。

問題は、帰りの電車の中でデータを見た恭平の父親・敬一がさっぱり分からない」と湯川の決め台詞のお株を奪うことだ。
ちなみに原作では、父親は「よくわからん」と言っている。

 

そして、もっと大きな問題は、原作には出て来ないが映画では父親は高鼾で寝てしまうことだ。
このことが意味する恭平の今後については、<「真夏の方程式」ネタバレの核心~"後日譚"の前提となる4人の男性の父性と2人の女性の母性を問う>という別記事が必要だ。

 

⑯ヒロインが運営しているブログ

川畑成美は、自分が参加する玻瑠ヶ浦の海の保全活動の一環として、ブログ「マイ・クリスタル・シー」を運営していた。

湯川はで書いた調査船のデッキで成美と会った時、このブログを読んだと伝えた。

 

その結果、湯川が何に気づいたかは後の場面で分かるが、成美が玻瑠ヶ浦の海の保全に固執するのは、彼女自身が海を愛しているからだけではなかった。

自分が今の生活を送ることができるようにしてくれた人も、この海を愛していることから、その人が戻って来るまで昔のままの姿を守り続けたいという想いが、ブログの記事から読み取れたのだった。

 

東野圭吾さんの別の人気シリーズ加賀恭一郎の連ドラ作「新参者」の続編である映画「麒麟の翼」においても、登場人物の1人である女性が運営しているブログに気づいた男性が始めた行動が、重要なモチーフになっていた。

だが、「真夏の方程式」の場合、ブログを一番読んで欲しい人物は読むことができない状態に陥っていた。

 

そのことに成美が気づかなかったのは、彼女の責任というよりも、母・節子の過ちと言ってよい。

2つの殺人事件はボタンの掛け違いで起こったと言え、その責任の大半は節子にあると見るべきだろう。

表面的なネタバレ記事を書いているブログが多いが、核心のネタバレはこのことである。

 

以上、16の小道具を取り上げた。
これらを頭に入れて観るだけで、ゆとりを持って深く理解しながら本作をDVDで鑑賞できることを保証したい。