去る6月9日に久我美子が逝去しましたので、その追悼として彼女の作品を紹介いたします。
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久我美子
1931年1月21日 - 2024年6月9日
- 東京市牛込に生まれる。
- 1946年、 女子学習院(女学校課程)在学中、第一期東宝ニューフェイスに合格。同期に三船敏郎・堀雄二・伊豆肇・若山セツ子・堺左千夫らがいる。
- 1947年、女子学習院を中退し、『四つの恋の物語』で映画デビューを果たす。
- 1950年の映画『また逢う日まで』での岡田英次との窓硝子ごしの接吻を演じた。
- 1954年、有馬稲子、岸恵子と「文芸プロダクションにんじんくらぶ」を設立。
- 1969年より約1年間、『3時のあなた』の司会を務めるなど、1970年代以降はテレビ・舞台を中心に活躍する。
『お早よう』(1959)
監督 小津安二郎
撮影 厚田雄春
共演 佐田啓二, 笠智衆, 三宅邦子, 杉村春子
【あらすじ】
新興住宅地に住む林一家。この新興住宅地に住む子供達の間では奇妙なおなら遊びがはやっていた。
子供達の最大の関心事は、まだ出始めたばかりのテレビである。
林家の実、勇兄弟もテレビを見る為に、勉強そっちのけで近所に出かける毎日だった。
ある日、両親にテレビをせがんで、叱られたことから、この兄弟は誰とも口をきかないというだんまりストを決行することにする。
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この作品は、小津安二郎の作品の根幹にあるような作品です。
ストーリーは、子供たちのたわいもない遊びから始まり、『生まれてはみたけれど』に通じる子供たちが親に対する反抗の物語へと展開します。
ここで子供たちが「口をきかない」ストライキに出るのは、テレビを欲しがった子供たちが、笠智衆から「子供のくせに、余計なことを言いすぎる」と怒られたからです。
叱られた子供(実)は、以下のように反論します:
欲しいから欲しいって言ったんだ
だったら 大人だって余計なこといってるじゃないか
「こんちは おはよう こんばんは
いいお天気ですね ああそうですね
あら、どちらへ ちょっとそこまで ああそうですか
ああ、なるほどなるほど」
何が「なるほど」だい!
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子供たちのストライキの行方はさておき、このセリフは小津安二郎の映画世界そのものです。
まさに「おはよう」の一語が含まれているだけでなく、小津安二郎の作品で何度も繰り返される、以下のような会話を要約したかのようです:
「そうかね、そんなものかね」
「そうよ、そうなのよ」
「ふ―む、やっばりそうかい」
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小津安二郎の作品世界では、内容がほとんど空虚に近い形式が厳密に繰り返されます。
先に挙げた言葉遣いは、その最たるものです。
また、キャメラが移動することやズームを使われることは皆無に近く、人物を真正面から撮ったカットが律儀に繋げられます。
人々は並ぶときは、不自然なまでに整列し、機械的な動きをします。
小津は、奇をてらうことを徹底して避けています。
そうした小津の形式主義は、あたかもそうした空虚さこそが、現実そのものだと言っているかのようです。
しかし、だからといって、小津は空虚でない充実した瞬間(神、祝祭、奇蹟など)を取り返そうなどとはしません。
むしろ、そうした形式の積み重ねの中から、漏れ出してくるものを待っているかのように作品が作られています。
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さて、この『お早よう』では、久我美子と佐田啓二との淡い恋がもう一つのテーマとなっています。
2人は、仕事の原稿の受け渡しを、佐田の玄関先で行うだけの関係だったのですが、子供たちの家出をきっかけに、佐田が子供たちを連れ帰って、久我の家を訪れます。
その翌朝、2人は八丁畷駅で落ちあい、以下のような会話を交わします:
佐田「ああ、いいお天気ですねぇ」
久我「ほんと いいお天気」
佐田「この分は 二三日続きそうですね」
久我「そうね 続きそうですわね」
佐田「ああ あの雲 面白い形ですねぇ」
久我「あぁ ほんと 面白い形」
佐田「何かに似てるなぁ」
久我「そう 何かに似てるわ」
佐田「いいお天気ですねぇ」
久我「ほんとに いいお天気」
ここのセリフの空虚さは驚くべきものです。
中身に意味がほとんどないだけでなく、久我が佐田のセリフを律儀に繰り返すのです。
しかし、ここに、アントニオーニばりの人間関係の空虚さや、倦怠などはありません。
むしろ、そうした空虚な繰り返しがリズムを刻み、男女の心がゆっくりと溶け出すことを予告しているかのようです。
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このシーンに先立つシーンで、佐田は姉の沢村貞子から以下のようなことを言われています。
(久我を)好きなくせに好きだって言えないじゃない
いつだって、翻訳のことかお天気の話ばっかりしてて
肝心なこと一つも言わないで
たまには大事なことも言うもんよ
観る者は、この後、佐田は姉のアドバイスを受けて、久我に対して愛を告白することを期待するのですが、その期待を裏切り、佐田は、またもや天気の話をするのです。
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その意味で、この作品は、同じギャグを何度も繰り返す喜劇のような側面さえ帯びています。
「また、天気の話か!」と。
言うまでもなく、小津の演出は、コメディアンがやるようなしつこさはなく、あっさりとした上品なものです。
郊外の画一的な生活を描きながらも、小津はそこに軽い笑いをもちこみます。
小津には、こんなセリフは絶対に挿入しないまでも「人生は平凡なものだ」という諦念があります。
しかしながら、その平凡さの繰り返しから、漏れ出してくるもの --- ここでは愛の予感 --- があり、それこそが、小津の作品の力だと考えます。
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そんなさらさらとした恋愛関係を演じる役者として、久我美子は選ばれています。
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