本日3月24日は、梶芽衣子の生誕77周年となります。
それを記念して彼女の作品を紹介しています。

 

『銀蝶渡り鳥』(1972)東映
監督 山口和彦
撮影 仲沢半次郎
共演 渡瀬恒彦、五木ひろし、梅宮辰夫

【あらすじ】
母の顔も知らず、テキヤだった亡き父の男手ひとつで育てられたナミは、成長すると共に新橋の不良グループ緋桜会の女番長として顔を売っていた。
間もなく、ナミは捕われ栃木刑務所に送られた。
繩張りを荒したとしてリンチを受けた仲間の仕返しのため、本庄組幹部矢島を刺し殺したからであった。
だがナミは、矢島の死体に取りすがって泣く妻の小枝子と幼い子供の宏の姿を見て、自分の行為を深く後悔していた。
3年後に出所したナミは、父の昔の仲間で今はビリヤードの店主になっている原田を訪ね、その二階に下宿することになった・・・


1972年は藤純子が、結婚のために東映を辞め引退をした年です。
その藤純子の後釜として嘱望され、梶芽衣子は東映に入ります。
東映での初期の作品が『銀蝶渡り鳥』です。
その後『女囚さそり』シリーズ、『修羅雪姫』シリーズです。


ポスト藤純子をかなり意識させられており、冒頭は刑務所で女囚人に対して、仁義を切るシーンがあり、その後にクレジットが続き、藤純子の『緋牡丹博徒お竜』そっくりです。

ポール・ニューマンの『ハスラー』(1961)を意識しているために、ビリヤード店が舞台になっています。






1970年代は日本映画が完全に落ちぶれた時代です。
大映が倒産し、日活がポルノ路線へ転向したのはご存知の通りです。
東宝も製作部門は分社となり、経営の傍流へと位置づけれるようになります。(『修羅雪姫』は分社の1つの東京映画の作品です)


東映は、1960年代後半から岡田茂(後に社長に就任)が、スキャンダリズムを強化します。
1968年に『喜劇あかさたな ホルモン男』と題されていた映画が『妾二十一人 ど助平一代』と岡田茂によって改題されて主演の佐久間良子が、東映を退社を決意したのもこの頃です。
1972年に藤純子が結婚を機に女優業からいったん引退したのも、何らかの関係があるでしょう。


スキャンダリズム云々よりも、映画を撮る術が急速に衰退していったことは間違いがありません。
そうした映画の衰退期にあって、梶芽衣子のような豊かな才能を持った女優を、魅力的に撮れる監督や撮影監督がいなかったように思います。


この『銀蝶渡り鳥』では、藤純子の真似をしている梶芽衣子ではなく、銀座の街の空気に佇む梶芽衣子の方に魅力があるように思います。

その意味で、梶芽衣子はスタジオ時代の女優ではなく、スタジオシステム崩壊後の女優なのです。



















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