本日11月6日は、ジーン・ティアニーの没後34周年です。
それを記念して、彼女の作品を紹介します。
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ジーン・ティアニー/Gene Tierney
1920年11月19日 - 1991年11月6日
出身地:ニューヨーク市ブルックリン
- ニューヨーク市ブルックリンにて、アイルランド系の裕福な家庭に生まれる。
- ヴァッサー女子大学に学び、スイスで教育を受けた。
- 旅行で西海岸に行った時、ワーナー・ブラザースのスタジオを訪れ、そこで映画監督のアナトール・リトヴァクに女優になるように勧められる。
- ワーナーは彼女と契約をしたがったが、報酬が低かったため断り、ブロードウェイに出るようになる。
- その後、20世紀フォックス社と契約。
- 晩年は鬱病になり、自殺未遂も起こす。
なお、ジーン・ティアニーの頬骨の美しさについては、山田宏一は以下のように述べています:
「額が広く、えらの張った知的な容貌も魅力的で、そして、なんといっても印象的なのはその秀でた頬骨である。「頼骨美人(high cheekbone beauty)」との名にふさわしく世界で最も美しい魅力的な頬骨の女優だ。」
『哀愁の湖』(1945) 20th Fox
監督 ジョン・M・スタール
共演 コーネル・ワイルド
撮影 レオン・シャムロイ
【あらすじ】
若き流行作家リチャードと結婚したエレンは、夫を独占しようとするあまり異常な心理状態に陥り、湖で溺れる夫の弟を見殺しにしたり、妹と夫の仲を疑ったりした挙句、自殺してしまう。
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ジーン・ティアニーの代表作の1つです。
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撮影監督のレオン・シャムロイがアカデミー色彩撮影賞を受賞した作品でもあります。
レオン・シャムロイは後年『慕情』、『王様と私』、『南太平洋』、そして何と言っても『クレオパトラ』を手掛けた、カラー映画の名匠ですが、この作品では、類まれな、テクニカラーによる暗黒映画を産み出します。
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カラー映画、とりわけ総天然色と言われたテクニカラーの映画は、『風と共に去りぬ』や『ロビンフッドの冒険』を皮切りに、スペクタクルを中心的な素材としてきて、人間の複雑で暗い深層を切り取るようなドラマを避けてきました。そうした暗さは、モノクロームの映画が担ってきました。
しかし、この作品が達成したのは、そうした暗さを、女優を中心的な存在として描きながらも、モノクロームでなくテクニカラーで撮り上げてしまったことです。
ここ作品で、女優ジーン・ティアニーは、白い肌や赤い唇や緑色の瞳とカラフルな衣裳を、情熱的な愛情表現として鮮やかに画面に定着させながらも、狂気を宿していくのです。
とりわけ、その唇が閉ざされ、瞳から熱が失われていくとき、観る者は、彼女の美しさに冷え冷えとした氷のようなものがブレンドされていくような印象を持ちます。
クールビューティとファム・ファタールとが同居しているような不思議さがあります。


















光が深く沈んでいって色彩が闇のなかに埋もれようとしている、そんなあいまいな、薄暗い、黄昏のイメージが、彼女にはよく似合った。
あるいは、夜がまだあけやらぬ薄明のイメージ。
彼女の瞳は、なにもかも焼きつくしてしまう炎を秘めているかのように、はげしく複雑な光を帯びていた。
赤とオレンジ色がまばゆいばかりにあかるく強烈な、あの燃えるようなテクニカラーの映像が光にあふれた白日の下に彼女の美しいクローズアップを見せてくれたとき、そのグリーンの瞳は、底知れぬ深さの静かな湖の水面のように澄みわたっていた。
(山田宏一)
髪の色が暗く、目の色が明るい人は、顔をめぐるコントラストの効果によって、映画ではたいへん魅力的に映る。
金髪で目の色もたいそう明るい人は、視覚的にいささか単調になってしまうため、撮影が難しい。
ジーン・ティアニーとヘディ・ラマールという、髪が暗色で日の色が非常に明るい二人の女性が、スクリーンで大いに評判を呼んだのも偶然ではない。
(ネストール・アルメンドロス)
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なお、Amazonプライムで無料で視聴可能です。
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B09KZRSM3T/ref=atv_dp_share_cu_r
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