来る3月2日は、ジェニファー・ジョーンズの生誕105周年です。
(1919年3月2日 - 2009年12月17日)
それを記念して、ジェニファー・ジョーンズの作品を紹介しています。

 

ジェニファー・ジョーンズは、1919年にオクラホマ州タルサに生まれました。

アメリカ演劇アカデミーに学び、地元のラジオ局を経てハリウッドへ。

B級西部劇に出演などしていた時にセルズニックに見出され、1943年『聖処女』で本格的に映画デビューしました。

 

 

こちらの作品は、映画史上に残るダンスシーンが含まれる、素晴らしい映画です。

 

『ボヴァリー夫人』(1949)
監督  ヴィンセント・ミネリ
共演 ルイ・ジュールダン
撮影 ロバート・プランク

フローベール原作の小説を映画化。
町医者と結婚した田舎娘の愛の遍歴を描くドラマ。

 

監督は、ヴィンセント・ミネリ。
『若草の頃』(1944)や『巴里のアメリカ人』(1951)や『バンド・ワゴン』(1953)のようなMGMミュージカル映画で有名です。
他にも、若きエリザベス・テイラーが美しい『花嫁の父』(1950)や、デボラ・カー主演の『お茶と同情』(1956)など、崩壊しつつあったハリウッドを支えた監督の一人です。
(ご存知の通り、ジュディ・ガーランドと結婚し、娘がライザ・ミネリです)

 


この映画のダンスシーンの素晴らしさは、『ラ・パロマ』で知られる映画監督ダニエル・シュミットが詳しく論じています。
本日は、この発言を引用するにとどめます。

 

 

先週ニューヨークにいて、ガトー・バルビエリやその奥さんたちと映画の話をしていた。
もう夜、遅くなっていたんだけど、ぼくはどんなに疲れていても、午後11時になると目が醒める。
あのときはヴィスコンティのことを話題にしていて、『イノセント』から『山猫』の舞踏会のシーンに移った。
バート・ランカスターがこうして、そこヘアラン・ドロンが眼帯をして入ってきて、といった具合にみんなでイメージを再現しあっていると、「いや、舞踏会のシーンといえばもっと素晴らしいものがある」とある人がいう。


ヴィンセント・ミネリの『ボヴァリー夫人』のダンスシーンがそれだといわれても、みんなすぐには思い出せない。
ぼくも20年前に見ていたけど、まったく憶えていない。
はたしてそんなに素晴らしいものだったかどうか。

 

すると、家にビデオがあるから、見せてあげるといわれたんで、みんなして真夜中にその人の家に出かけていった。
そうしたら、これが本当にすごいんだ。

 

ヴォービエサールの夜会の場面だから作品の中ごろに位置しているのだが、最初はことわるジェニファー・ジョーンズの手をとってジュールダンがゆっくり踊り始め、やがてすさまじい勢いでぐるぐるまわり出す。

 













そのダンスが素晴らしいんだが、ミネリは、そのときはもうワルツを踊る2人の顔を見せない。
揺れる扇とか談笑する招待客たちのほんのわずかな隙間から、2人の運動がサッサッと透けて見えるだけなんだ。
そして、このめまぐるしい運動がそれだけで悲劇の始まりを意味している。

 

テープを止めて、何度も何度も見直したが、ただ息をのむばかりだ。
この素晴らしさは、やはり封切り当時にはわからなかった。
いま見てはじめてすごいということがわかるんだね。
やはり、映画作家と同時代の観客との関係は不幸なものかもしれない。


---ダニエル・シュミット(1983)

 

 









 

 










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