10月22日のカトリーヌ・ドヌーヴの79歳の誕生日を記念して、ドヌーヴの映画を最初期から、たどり返しています。


ドヌーヴは、1980年の『終電車』により大きな興行的な成功を収めました。作品的にも充実した内容であったため、1970年代のスランプから復活したかのように見えました。
 
しかし、その後、あまりにもひどい企画を持ち込まれたこと、そして、監督たちの逝去(ヒッチコック、トリュフォー、ブニュエル)、ドゥミとの仲違いと言ったことからでしょうか、ドヌーヴは引退を考えたそうです。

ドヌーヴは、映画作家の映画に出ることを大事にしており、自分のルックスだけを利用するような映画(007のボンドガールのような?)には全く興味が持てなかったからです。


しかしながら、アンドレ・テシネ監督との出会いにより、キャリアを継続させていきます。

『終電車』(1980)以降の一つの商業的成功はなんといっても、こちらの作品でしょう。
セザール賞で多くの賞を獲得し、アカデミー賞外国映画賞も獲得した作品です。

 

『インドシナ』(1992)
監督 レジス・ヴァルニエ
共演 ヴァンサン・ペレーズ

撮影 フランソワ・カトンヌ

【あらすじ】

1930年代、フランス領インドシナでゴム園を経営するドゥプリは、ある日、オークション会場で知り合った若い海軍将校ジャン=バチストと恋に落ちる。偶然、ジャン=バチストと知り合った娘のカミーユもまた、彼に恋心を抱く。カミーユは許嫁と一度は結婚するものの、ジャン=バチストへの想いは変わらず、僻地に配属された彼を追う。しかし、ようやく再会を果たした直後、カミーユが思わぬ事件を起こしてしまう。

 


ドヌーヴの出演作品で、20世紀前半という時代設定は『終電車』(1980)、『フォート・サガン』(1984)以来となります。
こうした古き佳き時代(ベル・エポックのような)は、ドヌーヴの得意とするジャンルです。

  • 『哀しみの伯爵夫人』(1974)→20世紀初頭
  • 『外人部隊フォスター少佐の栄光』(1977)→20世紀初頭
  • 『終電車』(1980)→第2次世界大戦末期
  • 『フォート・サガン』(1984)→1911年~14年

ドヌーヴの髪は短くなっていながらも、後頭部が豊かで美しいヘアスタイルになっています。
そして、珍しく帽子を被るシーンが多く、いままで売り物にしてきた、ブロンドの魅力とは別の魅力を産んでいます。
(『外人部隊フォスター少佐の栄光』での帽子よりも、魅力的なように思います。)











































さて、この作品でのドヌーヴは、シックでありがら、49歳の女性の生々しい美しさに溢れています。
その、生々しい美しさは、コロニアルファッションの生地の薄さとは関係がありません。

ドヌーヴの身体の生々しさは、特にタンゴのシーンに露呈しています。
インドシナの養女とタンゴを踊るドヌーヴは、大きく手を伸ばし、画面を横切り、特に転倒し、笑い転げます。

生々しい美しさは、背を伸ばして立つ凛々しさにあるよう思います。







ところで、それは中性的でさえあります。

そう考えると、『ハンガー』(1983)でのレズビアニズム、"Le Bon Plaisir" (1984)でのスーツ姿、"Agent Trouble"(1987)でのカーリーヘアでの博物館員役と、ドヌーヴは中性性を追求してきたとさえ見えてきます。


さらに脱線ですが、ドヌーヴの立ち姿の美しさは、そして、それは、1970年代以降の映画が、スタンダードサイズ(4:3)から、空間性を強調したヴィスタサイズ(1.85:1)へと移行してきたことと連動しているように思います。

『インドシナ』という大河ドラマは、そうした空間性のドラマとして観ないと、NHK大河ドラマのような退屈なものとなるでしょう。











なお、多和田葉子の小説『旅をする裸の目』では、この作品をはじめ、ドヌーヴの出演13作品が、章のタイトルとなっており、ベトナム人の主人公が、度々ドヌーヴへオマージュを捧げています。

 

 


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