来る12月14日のアンナ・カリーナの没後4周年を記念して、アンナ・カリーナのゴダール作品を紹介いたします。
(1940年9月22日 - 2019年12月14日死去, 79歳没)

 

『はなればなれに』(1965)
監督 ジャン=リュック・ゴダール
共演 サミー・フレイ、クロード・ブラッスール

撮影 ラウール・クタール
音楽 ミシェル・ルグラン

【あらすじ】
冬のパリ。フランツとアルチュールは大親友だが、性格は正反対。
推理小説マニアで、ヒマはあるけど金がないのだけが共通点。
そんな2人は美しいオディールに一目ぼれ。
ある日、オディールが叔母の家で愛人が隠している大金を見たことから3人は強奪計画をたてるのだが……



冬の灰色のパリを舞台とした、アンナ・カリーナと男2人の3人組の青春との訣別のドラマです。
アンナ・カリーナは、ナイーブな女学生を演じています。


美しさというより、切なさが胸を撃ちます。


しかし、ゴダールはハリウッドの作家たちのようにメロドラマは撮れません。

では、どのようにゴダールは映画を撮ったのでしょうか。
 

 




 

 


アンナ・カリーナと仲間のサミー・フレイとクロード・ブラッスールは、ルーブル美術館をスピード競争をして駆け抜けます。

 


 

また、3人は、ジュークボックスの曲に合わせて、同じ振りで繰り返し短いダンスを繰り返します。
そのフロアを踏みならす靴や、手拍子の乾いた音。

 

3人とも一夜漬け程度のトレーニングで臨んだ撮影といいますが、それでいいでしょう。

フレッド・アステアやジーン・ケリーには、逆立ちしたって、勝てないのですから、素人の良さで開き直って、勝負するしかないのだと思います。

 






 


3人は並んでステップを踏み、背をのばしてくるりと回ったり、左右の腕と足を不意にのばしたり、手を打ったりしながら、いつまでたってもその踊りをやめようとはしない。
 

その彼らの持続的な動きの繰り返しが、画面から「はなればなれ」であることの仲間意識ともいうべきものを、過度の抒情性に行きつくことのない、乾いた調子で画面に行きわたらせているのです。(...)
 

その姿と手足の動き、そして身体のくねらせかたやジャンプして方向を変える一瞬の爽やかさを、じっと見つめたまま動こうとしないキャメラの前で彼らは演じてみせるのです。
(蓮實重彦)

 

この作品は、人を食ったような演出をところどころを見せているのですが、一貫して悲しみが漂っています。

 

大事なのは、悲しみの表現において、いかにもメロドラマの映画(フランスの戦前の映画)が演出するような、湿った、感傷的な演出を、断固として回避されていることです。


フランスのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちが生んだ奇跡は、素人芸でもいいから、刹那を感じさせる等身大の姿を映し出すことでした。
 

パリの雑踏から郊外の殺風景な風土までの行程を、愛妻カリーナに自転車で走らせ、それを遥かにカメラで追うゴダールは、決して抒情には流れないが、それでも胸の痛みがしみ出している。
日常性と非日常性の奇妙な同居、喜劇と悲劇の崇高なまでの共存、親密さと拒絶感の甘美にすぎる融合。

(蓮實重彦)





 

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