世界が思うほど、
ボーダーラインはグレーばかりでないかもしれない。
彼らの生活に寄り添えば、ピンクな笑みにも出会えるから。


シネマな時間に考察を。

『ピンク・スバル』
2010年/イタリア・日本/98min
監督・脚本・編集:小川和也
共同脚本:アクラム・テラウィ
出演:アクラム・テラウィ、ラナ・ズレイク


シネマな時間に考察を。イスラエル・ヨルダン川西岸地区。
地域紛争の地として括ってしまいがちなこの土地に、何より力強く存在するのは、ここに生きる人々の愛しいまでの“普段の生活”だった。


家族を愛し、実直にコツコツと生きて、

働いて得たお金で念願の“夢”を買う。
彼らにとってのその夢とは、日本車のスバル・レガシィ。


20年越しに遂に手に入れた、メタリック・ブラックに輝く新車レガシィ。

まるで長年恋焦がれた理想の女性にやっと出会えたような歓びに、愛の言葉を囁きながら恍惚とするズベイルの、車と男の奏でるそのシルエットがオレンジ色の夕陽の逆光の中で神秘的に浮かび上がり、美しい映像詩を暫し綴りゆく。


シネマな時間に考察を。 しかしながら、念願の愛車をたった1晩ののちに盗まれてしまい激しく落胆するズベイルは、唯一残った車のキーを胸に抱き眠りにつく。


失意の中で見た夢は、黒いショールに身を包んだ美しきミス・レガシィとの幻想風景。まるで花婿のような白いスーツ姿で死海に浮かぶズベイルは、浜辺を歩き去る彼女の肌にも髪にすらまだ、触れられない。


けれども手元のキーにもちゃんと
エンブレムと同じ希望の星が燦然と蒼く描かれているから。

物語に登場する人物全員に温かい人情がとくとくと宿り、
世界で最も民族的緊張に置かれているはずのこの地にはしかし、
冒頭とラストを共に飾る、手拍子と歌と踊りと人々の笑顔が溢れている。


シネマな時間に考察を。盗難の犯人のジャミールにしても、親友を思っての愛の叱咤だった訳だし、闇ビジネスの“スバルの母”でさえ、アイシャの結婚式にちゃっかり招待されている始末。1つのもめごとを争いや罰則で(武装的に)解決しようとするのではく、有力者の人情的な介入によって全てを丸く収めてしまう、その見事。


何気に描かれるこの“有力者の介入”のその在り方は、

世界の“有力者”に向けてのちょっとした皮肉にもなっていて、

くすりとしつつもドキリとさせられる。巧い!


それでもそんな彼らの寛容な心持ちがじんわり嬉しくて、
この国のグレーなイメージをほんのりピンク色に明るく染め上げてくれる。


くすっとした愛しさを感じる気に入りの場面がある。

それは盗まれた車の一件で、ズベイルの家族と知人友人が一堂に集うリビングで、各自あれこれと言い交わした挙句、映像がブラックアウトした真っ暗なスクリーンの中。思い思いにお茶をズズっとすする音だけが残る、そんな一場面。ワビザビ的な余韻の表現方法はさすが日本人監督のエスプリだなと思ったし、中東イスラエルということでここでいうお茶はもちろんチャイである。


シネマな時間に考察を。 さて。物語の核を成すのは、車泥棒がビジネスとして成り立っているパレスナ西岸の地・タイベの街と、境界を越えた先のパレスチナで盗難車の解体・再生・販売を産業として成り立たせているトルカレムの街。イスラエルの近代化が始まった背景を持つ70年代以降から今尚続くこの実態は、決して傍観すべきものではないけれど、映画はこれを問題提起するような安直な姿勢は決して取らずに、そうやって彼らなりにバランスを保って生きている地の努力を朗らかに軽やかに謳いあげるのだ。


シネマな時間に考察を。 あくまで「日常的には平和な街」という設定で描いたところに監督のやさしさが伺える気がする。同じプロットでもっと社会派シリアスに描くことは充分に可能な題材でありながらの敢えての人情コメディ。大仰過ぎない抑えた笑いが作品の格を上げている。そして劇中にいくつか登場する“ピンク色”のマテリアルがまさに作品の映え色となっている。


世界が思うほど、
この国のボーダーラインはただ殺伐としてるだけではないのかもしれない。


監督は信じているのだろう。
この国の持つ強さと優しさと逞しさ、そして人間味を。


400光年先の宙に光り輝くプレアデス星団のように、
イスラエルの未来の希望を象る“すばるぼし”


日本から送られたこの希望のエンブレムがいつの日かきっと、
イスラエルとパレスチナと世界の和平を照らす光となったなら。



   ♪Que sera sera.
   心配せずに 神様の手に 任せましょう
   Whatever will be, will be.♪



『ピンク・スバル』:2011年9月28日 元町映画館にて鑑賞




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「彼はどこに隠れているの?」 「あそこのオリーブの木の陰に」

このやりとりがとっても中東っぽくて、好き!



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追記:

小川監督ご本人からツイッターをフォーローされたぁきらきら