周りに反対されてばかり・資金援助もない→パリ・ベルリンに音楽留学 -2ページ目

周りに反対されてばかり・資金援助もない→パリ・ベルリンに音楽留学

音楽留学してみたい人の為に力になれますように。
お金がそんなになくても、やる気さえあれば出来るんです!
一緒に頑張りましょう!


今日はちょっとだけ、お節介かも・・・
と、いう事を書かせて頂きたいと思います。

「そんなこと知ってるよ!」という方は
スルーして下さいませ。



フランスは魅力的な事がいーっぱいある
素敵な国だと思います。

「せっかくフランスまで来たんだから、
お料理もワインも語学も、音楽と一緒に学びたい。
あ、後 (以下略)」という方は少なくないはず。

でもそれ、滞在許可書やビザを取る時は
ちょっと注意した方がいいかもしれません。

このサイトをご覧になって下さっているという事は
音楽留学をしたい!という方が殆どだと思うのですが、
中には「お稽古事留学」をしたいので、
色んなことをやってみたい!という
方もいらっしゃるかも。


フランスは基本的に
進路変更は認めない
国だと思って頂いて間違いありません。


例えば、声楽で音楽学校に行っている方が
「もっとフランス文学の詩の世界を知りたい!」と
パリ第4大学に行きたくなった、とします。
滞在2年目で、日本でのビザ申請の時は
音楽学校へ行くという事で取得したとします。

そして、2年目からはパリ大学のみに籍を置いて、
声楽は個人レッスンのみにするとします。


一見何の問題もないようですが、
政権の動きや住んでいる地域によっては、
ちょっと滞在許可が危うくなる可能性があります。


フランスでは中学生位の年齢から、もうある程度
将来の進路を決めなければならないように、
教育システムが出来ています。

そして、割とどんな職業にもそれに見合った
ディプロムを必要とします。
そうやって、労働者の権利を守っているようです。

なので、「私は音楽学校へ行きたいけれど、
渡航してからやりたいことが増えるかもしれない」という方は
とりあえず語学留学という事でビザを取ることをお勧めします。

1年から2年位までなら、
「この人は語学を身に着けているのね。」と
解釈してくれて滞在許可は問題ないことが多いのです。
(同時に音楽学校に通っていて、そのことを
申告してもしなくてもさほど問題にならないことも
この期間内なら多いです。)

あくまでも『私は語学学生であり、
これから何をしたいか決めるのです。』
というスタンスを見せられるかどうかがカギです。

ただ、語学学生は出席率を証明する
書類を提出しなければならない
(専門学校や大学生もそうですが、
より一層厳しく求められる)場合が
多いようですのでご注意を。

大統領や市長が変わると、滞在許可の
厳しさや手続きもまた変わることも
気に留めておいて下さい。


今日もお読み下さりありがとうございました!



今日は。

私もパリとベルリン、合わせて在住12年を迎えます。

なので、色々と忘れている感覚があると思います。

現役で今、音楽留学をしてきている方、
また、もう既に日本に帰国なさった方、
御自分の時の体験をお教え頂けないでしょうか。

今秋留学を開始した方に、
色々とお願いされることが多いのですが、
その参考にさせていただければ幸いです。

全く連絡先や、個人情報は残らないので
御安心下さい。


5分ほどお時間を頂けますか?

宜しくお願い致します!

https://jp.surveymonkey.com/r/NYZ7GBX

何で一度、音楽をやめてしまったか
理由は、その時は色々あったのですが、
結局考えてみたらたった一つでした。


それは『お金にならず、誰も認めてくれなかった』から。


オーケストラのエキストラ団員として、
トランペットやピアノの先生として
お給料は頂いていたものの、
「高給取り」ではなく「両親も褒めてくれず」
「不安定な職業」だったから。

とても幸運なことに、もしくは厄介なことに
一族の中に、ある程度成功したしたと言える
音楽家がいたりすると (私の場合は祖父でした)
なまじ現実を知っている為、反対もひとしおでした。

大反対の両親に頼み込み、頭を下げて
音楽学校へ行かせて貰った身としては
出来るだけ両親に褒められたい、
恩に報いたいと思っていました。


でも、そもそもそういう価値観がない両親に
何をもって成功と認めてもらうのか
今考えてみれば、それは海のない場所で
船をひたすら作って、売ろうとするのに
似ているかもしれません 笑

妹弟が非常に出来が良く、
両親が望んだ理系方面に進んだというのも
(もちろん誇らしく、嬉しくはあったのですが)
申し訳なさを増長させました。


『普通に』働いている間もそれなりに楽しくはありました。



こんな話を聞いた事がありますか?

「カエルを殺すのに最初から沸騰したお湯に入れてはいけない。
何故なら飛び出てしまうから。
段々水の中にお湯を加えて、ちょっと温い位にする。
少しずつ少しずつお湯を加えて行く。
やがてどんどん慣れて、
ついには死んでしまうまで、そこにいる。」


そう、「それなりには」楽しくはあったのです。


働くことは素晴らしいし、私だって
留学を続けるために、こちらで働いてもいます。



あくまでも私にとってですが、
仕事だけをして終わる人生なんて考えられませんでした。

音楽を趣味にすればいいじゃないかという人達もいます。

でも、私にとってそれは絶対に不可能です。

趣味を否定はしません。
しかし、音楽はわたしにとって
私そのものであり、私でない何かなのです。

もっと崇高で、極端な話
私なんかがいなくなっても、
永遠に続いていく何かであり、
絶対に「もうこれでいい」ことはないものです。

私が音楽をしているのではなく、
音楽が私を使っているのです。


「人に認められたい」と思わなくなって
「ただ、自分の人生の中で行けるところまで行かせてもらおう」と
見る方向が変わった時から、
なぜか不思議と人が認めてくれることが増えました。



例えば、歌詞の世界に演奏中、ふっと入り込めた時
自分の事として、すごく腑に落ちた時
周りの音楽家がそれを理解し、共有してくれた時
違うと指摘されたことが、素晴らしい演奏を引き出してくれた時

何て幸せなんだろう!
何て生きていて良かったんだろう!
大袈裟でなく、泣きたくなることなんてしょっちゅうです。
もう天国を何度も見たな、と思ってます。


それもこれも、周りに私と同じぐらい
音楽を愛している人がいてくれるからです。


明日、本当の天国に行くことになっても
幸せなままだと思います。