年末年始に限らずなのですが、この時期は帰省する時期です。

昨日は高速道路もかなり渋滞していたようです。

GW、お盆、年末年始の過ごし方というのは本当に注意すべき時期だなと思っています。

 

実は昨日から兄夫婦と甥っ子たちが帰省しています。

甥っ子の相手については思い通りにならないことは完全割り切っているのでいいのですが、一番困っているのは父と母がインチキ自己肯定を連発していることです。

父と母の中に悪神がいっぱい入り込んでいますが、インチキ自己肯定が多くてこちらが対処に追いつかない状況なのです。

 

親戚一同が集まって食事をする間も頻繁にこめかみが痛くてしんどかったです。甥っ子たちが喜んでくれることが嬉しいのはわかりますが、甥っ子たちが喜ぶことを拠り所にしてしまうと苦しいなと思います。

甥っ子にも自由意思はあるので喜ぶ喜ばないのポイントがありますし、上の子下の子でそれぞれ違います。どちらも喜ばない時だってあります。

 

そんな時に自虐思考になってしまいますよね。

喜ぶパターン、喜ばないパターンどちらも受け入れることができないときついですよ。特に父は、普段家族に適当にあしらわれているため(承認欲求の塊の態度のせいで敬遠されている)甥っ子たちの方に全部意識が行ってしまうのです。まともに相手してくれるのは甥っ子だけだと。

 

親族の中で甥っ子たちを優遇してあげるのは一番大事ですが甥っ子でインチキ自己肯定した父が主役になっているというのは違うと思います。

調子に乗った父はドヤ顔(インチキ自己肯定)になってずっと自分の話をしていました。親族で集まったときというのはいつもこんな調子なのです。皆、父の長話を聞きに来ているわけではないというのに。

 

本日、大晦日ということで甥っ子に日常にない体験をさせたいと思って午後、除夜の鐘を突きに行ったそうです。

 

 

私は寺の境内にすら入りたくないし、シェディングが怖いので留守番です。LINEでインチキ自己肯定写真が送られてきました。

 

除夜の鐘を打ってインチキ自己肯定…。

 

私煩悩の塊で~す!って叫んでるようなものなのですが、わかってないからこんなことしちゃうんですね。

 

除夜の鐘というのは人間の内側にある108の煩悩を除くことを願って108回打つというのがあるのですが、108回打って煩悩が消えるのであれば賽銭箱もお寺も僧侶も存在していません。一番煩悩の塊なのは煩悩を捨てなさいと言っている寺社の関係者ですよ

 

除夜の鐘の起源は中国の宋の時代、もともとは鬼払いのために月の最終日の夜に鐘をついていたものが大晦日だけになり、鎌倉時代に日本の禅寺へ伝わったとされています。 その後、室町時代から広がり始め、江戸時代には多くの寺で行われるようになっていったというものなので、お釈迦様とは何の関係もありません。

 

お釈迦様の死後500年間は仏像は存在しなかったので、仏像をつくることも結局は偶像なんですね。お寺を建てなさいとかお釈迦様は言ってないですからね。

 

この時期つまり帰省は、毒親の悪いところが浮上してきます。孫の顔を見てインチキ自己肯定、独身男性女性に「結婚はまだなの?」「早く孫の顔が見たい」とか同調圧力をかけてきて強迫観念まで植え付けてきます。

本当やめてほしいですね。毒親たちの目的はインチキ自己肯定なのです。

 

煩悩についてこちらで説明されていますが

 

 

結局インチキ自己肯定なんですよ。

インチキ自己肯定から自己受容に切り替えない限り、延々と煩悩は出てくるものなのです。足るを知れば煩悩にとらわれることはほとんどなくなります。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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