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一度シンシナティで送られる側だった我が家は、その後シンシナティに戻り、送る側に回って、去年、今年と、一度送ってもらったお友達を多数見送ることになった。駐在家族との別れはいつかはあるんだけど、その時が来るまでは認めたくないわけで・・・。
お別れに気の利いた言葉が言えるはずもなく、たわいもない言葉の挨拶で精一杯だったんだけど、「お疲れ様でした」というのが一つあるかな。
海外転勤というと華々しく聞こえて、私も小学生の頃には、同級生にお父さんの転勤でブラジルへ行った子や、アメリカからの帰国子女もいて、うらやましく思ったものだった。うちは父が、京阪神に沿線がある鉄道会社の子会社(さらに子会社かな?)にいて、梅田のオフィスに毎日通うサラリーマンだったので、海外はおろか、国内でも転勤というのはあり得なかった。
*梅田:JR大阪駅周辺の町。近くの私鉄と地下鉄の駅には「梅田」という名前がついている。
もし子供の時に海外転勤、となったら、もともと放浪性があるから、喜んだかなと思うんだけど、結局そういうのもなかったので、ヒョイッと自分でアメリカに来た・・・そんなわけないけど、少なくても自分で決めて来たわけだから、それに伴う苦労というのは諦めようもあるのかな。でも自分の意思とは関係のないところで決められたら・・・。
最近こちらに赴任してきた方が、紙切れ一枚で飛ばされるサラリーマンですよ、とおっしゃった時には、サラリーマンの哀愁が漂い・・・。