珈琲の香りと紫烟の中で・・・・・
漱石と倫敦ミイラ殺人事件   1984年



 夏目漱石(本名・夏目金之助)は、明治33年、英国に滞在し、毎週ベイカー街にシェイクスピアの勉強に通っていた。そして彼が内に何らかの悩みを抱いて日々悶々とし、何を怖れてかロンドン中下宿を転々としていたことは史実からも明らかである。

 こういう悩めるロンドン市民があろうことか毎週ベイカー街へ足を踏み入れながら、当時勇名をほしいままにしていたシャーロック・ホームズ氏に相談することがなかったなどと主張する歴史家がいたら、それこそ常軌を逸しているというべきである。

                                        <プロローグより>


 デビュー作、『占星術殺人事件』 で本格ミステリーファンの度肝を抜いた島田荘司が、遊び心とユーモアたっぷりにシャーロック・ホームズと夏目漱石を登場させ、しかも本格ミステリーとしても屈指の出来ばえをみせた名作。

 『占星術殺人事件』 において、探偵・御手洗潔の口を借りホームズを酷評した島田荘司が、実は超一流のシャーロッキアンだったと証明された作品です。

 夏目漱石を見て「パプア・ニューギニア出身だね!」と断言するハチャメチャなホームズが登場。ワトソン博士と夏目漱石の二人の手記が交互に並べられ、漱石の冷静に冷めた目線から見たホームズ像と、どんなにトンチンカンな推理をしてもあくまで名探偵としてホームズを扱うワトソン博士。この対比部分だけでも面白いのに、ホームズに持ち込まれる不可解な事件

 「中国で呪いをかけられたという男が、一夜にしてミイラになってしまったという、奇怪でとびっきり風変わりな事件」と、「日夜幽霊に悩まされていた漱石」を見事に結びつけて謎を解き明かす。

 

 シャーロック・ホームズのパロディ・パスティーシュ作品は無数にあり、超有名作家(エラリイ・クイーン、ジョン・ディクスン・カー、山本周五郎、山田風太郎など)による見事な作品がありますが、その中でも本書は間違いなく上位に入る大傑作だと思います。ホームズファンでなくても是非読んでもらいたいです。