夫が借金残して倒れた日から -126ページ目

夫が借金残して倒れた日から

2021年2月、夫は借金を残したまま倒れ、寝たきりとなってしまいました。その後高度障害認定により借金完済。そして2022年6月永眠。いろいろな思いや、生活のこと、お金のこと。忘備録を綴ります


2021年5月

気管切開術で共済から保険がおりたので
借金返済に充てるために専用の口座にまるごといれた

夫が自分の身体を痛めて
自分の借金を返すのだ

私が自分のためにそれを使うつもりはない
たとえ生活費でも



そのころ

主治医から話があると言われた

夫に回復の兆候があるという

指示により手に力を入れられるようになったり
物を目で追うようになったと。。

発熱はまだある

私はまた自分の心のざわつきと闘いながら
子供たちと話を聞きに行った


病室へ案内されて
主治医は夫の名前を呼ぶ

ちょっとした実験のようだ

○○さーん

……


特に反応はない

目も開いてるのかどうか定かではない

手を握り

「握ってみてー」という

「ほら、握り返してるんです」

みただけではわからない

私たちは順番に夫の手を握って声をかけるけれど、
正直どう贔屓目にみても
握り返してくれたようには思えなかった

「……」


「午前中は調子がいいんですけどね」

と、申し訳なさそうに言う主治医


なぜ呼ばれたのだろうと思ったけれど
すぐにわかった


それは、転院のすすめ、だった


いずれその話にはなるだろうとは思っていた

急性期病院はいつまでも入院できない

2ヶ月も入院させてもらってるのが
珍しいくらいで、とてもありがたい

まだ発熱する日もあって
投薬管理も必要なせいか

このまま家に帰るという話にはならなかった


前任の主治医から
転院先として療養型の話が出ていたと話してみた

けれど今の主治医は

ご主人は若いし、回復の兆候もある
ここは数ヶ月、リハビリ病院に転院して
できるところまで頑張ってみるといいと思う

正直、ものすごく違和感があった

できるところまで、がんばる

がんばるのは誰だろう

夫にがんばろうという意志があるのか


なにか悲しくなってきた
この夫を見て、頑張らせるって


私はつとめて冷静に言った

先生はどこまで回復すると思われますか?
リハビリすれば、歩いたり、ご飯を食べれるようになる可能性もあるのでしょうか


「うーん、それは…そこまでは」


主治医は腕組みをして唸った


「いや、そこまでは難しいでしょうけど」


難しいのか…
ハッキリ言われると、やはり悲しい

「でも、可能性にかけましょう
まだ若いのですから」



たとえば、リハビリをして意識レベルが少しあがったとする
中途半端な状態で自分の状況がわかってしまったら

夫は、きっと悲しむ


自分で歩いたり、食べたりするところまで回復しないとわかっているのに

中途半端に回復させることが
わたしには残酷なことにしか思えない


保険や借金の話は別にしても


夫にこの状況に気づいてほしくない

かわいそうすぎる

できたら、何も知らないまま
気づかないでほしい

これから一生わたしが見守るから


普通なら、ここで回復に向けてがんばろう!
そういう気持ちになるのが、家族なのだろう

なぜ我が家はそういう気持ちにならなかった


主治医は言った

「ただ、リハビリ病院は期限があって
家へ帰ることが前提の病院になります。」


私は少し間を置いてから言った


「主人を家で介護するつもりはないんです」


家で看る

そのつもりはなかった


余命わずかな母を
家で介護していた経験から思う

その場の雰囲気に負けて、家で看るなんて
簡単に言ってはいけない


これからたぶん、私は自分のパートの給料だけで
夫の借金を返済し、ひとり生きていくのだ


仕事をやめるわけにはいかないし
働く時間を削るわけにはいかない
ましてや、夜中に介護のために起きるという生活は

…無理だ


ひどいと言われても、薄情だと言われても
無理なものは、無理と言わないと
自分が壊れる


それに…


娘と息子に夫の介護をさせるつもりはない
夫も絶対にイヤだというはずだ


主治医も私の答えにうなずく


「そうですよね
でも、やっぱり少しリハビリはさせてあげたほうがいいと思います。

やれるところまで」


やれるところ、まで

スポーツのようだ

私だって、目覚ましい回復の可能性があるなら
そうしたい

目の前に夫の脳のMRI画像がある

脳の広範囲が活動していないことを示すそれ


「リハビリ病院で、どこまで回復するかで
その後に療養型へ転院することもできます」


正直、私自身が疲れ果てていて
早く、療養型に入院させてあげて
ゆっくりと見守っていきたかった


なぜ、夫が回復しないと私は思うのだろう

そこは自分でもわからない

娘も同意見だったので
家族の勘、なのだろうか


「ちょっと考えさせてください」

そう言うと、主治医は快く承諾した


ふと、後ろを見ると
ソーシャルワーカーの人が待機していた

びっくりした
存在に気づかなかった

いつからいたのだろう
ずっと話を聞いていたのか


ワーカーの方は主治医に言った

「今日は説明無しね?」

事務的な物言いで去った


あ、この方は転院の話になったら
登場する予定だったのか


そして、主治医から胃ろうの話もでた

リハビリをしやすくするために
胃ろうにすることをすすめる、と


夫がよく言っていた「胃ろう」

義父が胃ろうになるとき
夫は嫌がっていた

食べる楽しみがなくなるんだよなぁ

誤嚥の可能性がなくなるんだから
仕方ないよ

それで生きていて
親父は楽しいのかな

何も口から食べられないのに
それで生かされてるってどう?

夫はことあるごとに
そう言っていた



私は胃ろうの話に躊躇した

けれど、リハビリを進めるための胃ろう

その前向きな理由を覆すには
私の考えはあまりにネガティブだった